「汝矣島」の版間の差分

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[[1751年]]に編纂された『都城三軍門分界総録』に汝矣島の出現が初めて記録されている。
 
広大な面積を持ち、[[日本統治時代 (朝鮮)|日本統治時代]]の1916年軍用飛行場が建設され、1953年には国際空港となった。1958年に民間便は[[金浦国際空港]]に移転し、[[1971年]]に[[ソウル空軍基地]]が設置されるまで空軍基地として利用された。

その後は広場として整備されたが、アスファルト敷きの広大な汝矣島広場は1998年に[[汝矣島公園]]として緑地化され、市民の憩いの場となっている。漢江に面した一帯は漢江市民公園・汝矣島地区としてスポーツ施設が整備され、漢江の支流周辺には1997年に汝矣島支流生態公園が造成された。
 
[[1975年]]に[[国会議事堂 (大韓民国)|国会議事堂]]が[[中区 (ソウル特別市)|中区]]太平路から移転した。<ref>太平路の旧国会議事堂は、1935年に京城府民館として建設された。大韓民国の独立から1975年まで国会議事堂、次いで市民会館となり、1991年からソウル特別市議会議事堂として使用されている。</ref>