「アメリカ合衆国の独立」の版間の差分

(概要)
[[1763年]]までにイギリスは北アメリカの広大な領土を獲得した。13植民地に加えて22の小さな植民地が本国から指名された総督によって直接治められていた。[[七年戦争]](アメリカでは[[フレンチ・インディアン戦争]])の勝利により、イギリスは[[ヌーベルフランス]](カナダ)、スペイン領フロリダおよびミシシッピー川から東の[[アメリカ州の先住民族|先住民族]]の土地を獲得した。[[1765年]]、植民地の者達はイギリス本国の住民が持つもの同じ歴史的な権利と義務の下に、イギリス王室に忠実な臣民であると考えていた<ref> Greene & Pole (1994) ch 11</ref>。
 
イギリス政府は七年戦争でフランスから北アメリカを守り抜いたことで、それに要した費用を払うためにアメリカの住人に課税することを決めた。アメリカ植民地の者達にとって税金が高いことが問題ではなかった(事実税率は低く、イギリス本国の市民が払っていた税金と比べれば特に低かった)。植民地の代表がイギリスの議会で発言する権利がないまま、新税についても植民地に何の前もっての相談も無かったことが問題だった。「[[代表なくして課税なし]]」という言葉が多くのアメリカ人社会で囁かれるようになった。[[ロンドン]]は、アメリカ人が「事実上」代表を送っているとの論法であったが、大半のアメリカ人はロンドンにいる男は現地で必要とされていることや置かれている状況について何も知らないので、アメリカを代表しているのではないと、ロンドンの考え方を拒絶した<ref> William S. Carpenter, "Taxation
Without Representation" in ''Dictionary of American History, Volume 7'' (1976); Miller (1943)</ref>。
 
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