「ウィリアム・ローワン・ハミルトン」の版間の差分

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しかし当のハミルトンは、四元数の実用化に取り憑かれ、その後約20年を四元数の研究に費やすようになる。700ページを超す大著『四元数講義』は[[オーガスタス・ド・モルガン|ド・モルガン]]、[[ウィリアム・ハーシェル|ハーシェル]]らに難解と評され、『四元数の基礎』を著するがこれも長過ぎて生前に出版される事はなかった。
 
晩年のハミルトンは、[[アルコール中毒]]に溺れながら誰にも理解される事のない数学研究に没頭し、暴飲暴食による[[痛風]]に心身を傷つけて苦しんだ末に[[1865年]]にダブリンの自宅で息を引き取った。遺体が発見された時、ハミルトンの部屋は酒と肉汁にまみれた二百数十冊のノートで埋め尽くされており、この中には正しい物、誤った物、判断のつかない物が入り混じった数式の山が残されていたという。また四元数は一部に「四元数カルト」と呼ぶべき一団を構成するものの、大勢からは無視され、省みられるまでに100年ほどの時間を必要とした。
 
==関連項目==