「アドニス会」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
Sat666 (会話 | 投稿記録)
m編集の要約なし
9行目:
三島が[[榊山保]]名義で「[[愛の処刑]]」をAPOLLOに寄稿したことが知られており、中井は[[中井英夫|碧川潭]]名義で「[[虚無への供物]]」をアドニスに、「とらんぷ譚」、「おりんぴあど譚」、「青蛾の嘆き」などをAPOLLOに寄稿し、塚本は[[菱川紳]]名義で作品を寄稿していた<ref>[[現代詩手帖]] 塚本邦雄追悼号</ref>。
 
アドニスの初代編集長は「人間探求」(第一出版社,1950年創刊)編集者でもあった上月竜之介であった。人間探究は性風俗雑誌で、同性愛についても時折取り上げており、同誌編集部には同性愛者の苦悩を訴える投書が届けられていたことなどから、それが彼にアドニスの発刊を決意させたとされる。アドニス会設立の告知も人間探求誌上でなされている。因みに「人間探求」を主催していたのは[[高橋鐵]]で、同氏は他にも「あまとりあ」を主催していた。
 
2代目編集長が推理・幻想小説家[[中井英夫]]の同棲相手でもあった[[田中貞夫]]で、<!--彼が編集長になって以降は、-->中井英夫の他、歌人・[[塚本邦雄]]や三島由紀夫らの作品も変名で寄稿された。執筆陣には人間探求のほか、「あまとりあ」で書いていた人もいた。
 
;廃刊へ