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また地球の[[公転]]運動に対しては、[[惑星]]の引力がわずかではあるが影響を及ぼしている。これによって、地球の軌道つまり[[黄道]]が動く。この変化は[[春分点]]の移動と、黄道の傾斜角度の変化となって現れる。これを'''惑星歳差'''という。惑星歳差は日月歳差に比べてきわめて小さい。
 
この歳差のために、[[天の北極]]は[[天球]]上で[[黄道北極]]を中心とする円を描く。21世紀現在の[[北極星]]は[[こぐま座]]αα星([[ポラリス (恒星)|ポラリス]])だが、[[紀元前20世紀|紀元前2000年]]頃には天の北極は[[りゅう座]]αアルファ星|りゅう座α([[トゥバン]]の近くに位置していた。[[西暦14000年]]頃には天の北極は[[こと座]]の[[ベガ]]近くに移動する。
 
歳差による春分点の移動を最初に発見したのは、[[紀元前150年]]頃の[[ギリシャ]]の[[天文学者]][[ヒッパルコス]]である。彼は黄経180度・黄緯0度にほぼ近い位置にある[[おとめ座]]の[[スピカ]]を使い、[[月食|皆既月食]]の時に月とスピカの[[角距離]]を測った。日食や月食は黄道と[[白道]]の交点でしか起こらないので、日食・月食時の月や太陽は必ず黄道上にいる。従ってこの時のスピカとの角距離は、そのままスピカと月または太陽との[[黄経]]の差になる。ヒッパルコスはこの黄経の差を、彼の時代より約150年前の[[ティモカリス]]が作った[[星表]]と比較して黄経の値が変わっていることを発見した。彼はスピカ以外の恒星についても同様にずれていることを見つけ、このずれは恒星の運動によるものではなく黄経の基準である春分点自体が移動しているためであると結論した。