「レビラト婚」の版間の差分

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== 歴史上の人物の例 ==
*[[古代ギリシア]]、[[ロドス島|ロドス]]の[[ロドスのメントル|メントル]]の妻[[バルシネ]]は、メントルの死後、メントルの弟[[メムノン]]の妻になった。
*[[イングランド王国|イングランド]]王[[ヘンリー8世 (イングランド王)|ヘンリー8世]]の最初の王妃[[キャサリン・オブ・アラゴン]]は、ヘンリーの兄[[アーサー・テューダー|アーサー]]と死別後にヘンリーと再婚した。この結婚は本来[[カトリック教会|カトリック]]の[[教会法]]に反するものであり、それを理由とすることで離婚([[婚姻の無効]])も可能となるはずだったが、政治上の理由から時の[[教皇]]がそれを認めず、[[イングランド国教会]]の成立のきっかけとなった。
*[[ポーランド王国|ポーランド]]王[[ヴワディスワフ4世 (ポーランド王)|ヴワディスワフ4世]]の2番目の王妃[[ルドヴィーカ・マリア・ゴンザーガ]]は、ヴワディスワフの死後にその異母弟[[ヤン2世 (ポーランド王)|ヤン2世]]が王位を継承するに際し、ヤンと再婚して2代の王の妃となった。