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2004年9月11日、韓国で開催された『Spirit MC GP』で優勝する。
 
[[2005年]]4月3日、[[PRIDE (格闘技イベント)|PRIDE]]初参戦となった『[[PRIDE 武士道 -其の六-]]』で[[大場貴弘]]と対戦。1R[[腕挫十字固|腕ひしぎ十字固め]]で一本勝ち。
 
2005年7月17日、『[[PRIDE 武士道 -其の八-]]』で[[アンドレイ・シモノフ]]と1年半ぶりに再戦し、判定勝ち。
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* 前述のように子供の頃から世界中に居住を移していたことに加えて、所属しているアメリカン・トップチームには[[ブラジル]]人が非常に多いこともあって、英語、フランス語、韓国語、[[ポルトガル語]]の4ヵ国語を話すことができる。
* 多国籍であり、日本では父親の故郷である韓国を出身国とされているが、世界的にはフランス系カナダ人とされている。
* [[PRIDE (格闘技イベント)|PRIDE]]で戦ったことに強い誇りと愛着を持っており、「PRIDEで戦っていた時はPRIDEファイターであることに誇りを持っていたし、PRIDEを愛していた。PRIDEファミリーの一員だと思っている」と語っている<ref>[http://www.sherdog.com/news/articles/MM-Eh-Kang-Signs-with-UFC-15024 MM-Eh: Kang Signs with UFC] [[SHERDOG]] 2008年11月3日</ref>。
* カーン自身は主にアメリカとカナダに住んでいるが、父の母国であり、家族が住んでいる韓国にも愛着があり、試合のコスチュームに韓国の国旗を着けている。また、2004年の9月に行われた[[The Ultimate Fighter]][[The Ultimate Fighter 1|シーズン1]]への参戦が決定した際に、「韓国で試合をしてからTUFに参加したい」と頼んだものの、独占契約にこだわるUFCから許可を得られなかったためTUFへの参戦を辞退したり、PRIDEと契約した際も韓国で試合ができるように契約条項に入れるなどしており、試合に負けた後の韓国メディアの厳しいバッシングに対してもクールに対応するなど、韓国への愛着は強い<ref>[http://www.kamipro.com/column/korea.php?id=1268650131 韓国でデニス・カーンにも猛バッシング!? ジョン・チャンソンがWEC進出の意気込みを語る!] [[kamipro]].com 2010年3月15日</ref>。
* アメリカでのアメリカン・トップチームでの練習と併行して、[[モントリオール]]のトリスタージムで[[ジョルジュ・サンピエール]]や[[デビッド・ロワゾー]]、[[ジェロム・レ・バンナ]]らと共に練習している。