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==創建==
寺伝では[[神亀]]2年([[725年]])、[[聖武天皇]]の勅願で[[行基]]が創建し、古子山葛井寺(紫雲山金剛琳寺)の勅号を得たとされ、[[平安時代]]になって[[平城天皇]]の皇子・[[阿保親王]]が再興したとされている。近世の地誌類や再興勧進帳でも以上の寺伝を踏襲しているが、[[百済王]]族の子孫である[[渡来人]]系氏族葛井(藤井)連(ふじいのむらじ)により[[8世紀]]中頃に創建されたとも推定されている<ref>[http://www.geocities.jp/saikoku33_5/#kokuti</ref>。なお、平安時代初期に寺を再興したと伝えられる阿保親王の母も藤井氏である。
 
;白猪氏氏寺