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[[Image:Thucydides-bust-cutout ROM.jpg|200px|thumb|トゥューディデスの胸像]]
'''トゥキディデス'''(古典ギリシア語の母音の長短を考慮して音訳すると'''トゥキュディデス'''。その他'''トゥキュディデス'''、'''ツキジデス'''などと記される。[[ギリシャ語|希]]:{{lang|el|'''Θουκυδίδης'''}}、ラテン文字表記:Thukydides/Thucydides、[[紀元前460年]]頃 - [[紀元前395年]])は、古代[[アテナイ]]の[[歴史家]]で、[[オロロス]]([[:en:Olorus|Olorus]])の子である。
 
代表作は[[ペロポネソス戦争]]を実証的な立場から著した『'''[[戦史 (トゥキディデス)|戦史(ペロポネソス戦争の歴史)]]'''』({{lang-grc|Ιστορία του Πελοποννησιακού Πολέμου}})である。[[トゥキディデス]]はこの戦争に将軍として一時参加したが、[[紀元前422年]]の[[トラキア]]・[[アンフィポリス]]近郊での失敗により失脚、20年の[[追放刑]]に処された。このためスパルタの支配地にも逗留したことがあり、この経験によって双方を客観的に観察することができたとも言える。