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{{密教}}
『'''金剛頂経'''』(こんごうちょうきょう、{{lang-sa-short|Vajraśekhara Sūtra/Tantra}}, '''ヴァジュラシェーカラ・スートラ/タントラ''')は、[[大乗仏教]]の[[密教]]経典。
『初会金剛頂経』({{lang-sa-short|Sarvatathāgata-tattvasaṃgrahaṃ-nāma-mahāyāna-sūtraṃ}}:『一切如来の真実を集めたものと名付ける大乗経典』、略して『'''[[真実摂経]]'''』(しんじつしょうきょう、{{lang-sa-short|Tattvasaṃgraha Sūtra/Tantra}}, '''タットヴァサングラハ・スートラ/タントラ'''))を編纂したグループが、その後次々と生み出していった数多くの「金剛頂経」系テキストの総称である。
== 概要 ==
[[日本]]では、普通に「金剛頂経」と言う時は『初会金剛頂経』(『真実摂経』)、特に、[[不空]]訳『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経(大教王経)』([[大正蔵]]865)のことを指す。
『初会金剛頂経』(『真実摂経』)は[[両界曼荼羅|金剛界曼荼羅]](こんごうかいまんだら)の典拠となる経典で、[[真言宗]]や[[天台宗]]では密教の「[[即身成仏]]」の原理を明確に説いているとしている。真言宗([[東密]])では特に根本[[経典]](最も重要な経典)とされ、「金剛頂経」と『[[大日経]]』の2つの密教経典を「両部の大経」という。
[[空海]]([[774年]]~[[835年]])は、[[唐]]の[[長安]]において青龍寺の[[恵果]]([[746年]]~[[805年]])の弟子となり、[[密教]]の伝法潅頂を授かり、『初会金剛頂経』の教理と実践方法を伝授(大日如来―[[金剛薩た|金剛薩埵]]―龍猛―龍智―金剛智―不空―恵果―空海と付法)される。[[806年]]に日本に初めて、『初会金剛頂経』に基づく実践体系を伝えている。
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== 漢訳経典 ==
『初会金剛頂経』(『真実摂経』)の漢訳としては、
*[[金剛智]]三蔵(ヴァジュラボーディー/[[670年]]頃~[[741年]])がサンスクリット語から漢訳した『金剛頂瑜伽中略出念誦経(略出念誦経)』4巻
*[[不空金剛|不空]]三蔵(ア-モガヴァジュラ/[[705年]]~774年)が漢訳した『金剛頂一切如来真実摂大乗現証 *[[施護]](せご)が漢訳した『一切如来真実摂大乗現証三昧大教王経(現証三昧大教王経)』30巻([[大正蔵]]882) がある。 [[サンスクリット]]原典、[[チベット語]]訳も現存し、それらは漢訳では施護訳と対応する。7世紀中頃から終わりにかけて、南インドでその基本形が成立し、次第に施護訳にみられるような完成形態に移行したとされる。
== 内容 ==
大日如来が一切義成就菩薩(いっさいぎじょうじゅぼさつ)(釈尊(しゃくそん))の問いに対して、自らの[[悟り]]の内容を明かし、それを得るための実践法が主となっている。その悟りの内容を具体的に示したのが金剛界曼荼羅であり、その実践法の中心となるのが五相成身(ごそうじょうじん)観である。五相成身観とは、[[行者]]の汚れた心を、[[瑜伽]]の観法を通じて見きわめ、その[[清浄]]な姿がそのまま如来の[[般若|智慧]](ちえ)に他ならないことを知り、如来と行者が一体化して、行者に本来そなわる如来の智慧を発見するための実践法である。
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