「リチャード・マシスン」の版間の差分

[[ニュージャージー州]]生まれ。[[ノルウェー]]移民の両親を持つ。ブルックリン工科高校を卒業後、幼年兵として[[第二次世界大戦]]に従軍する。[[1949年]][[ミズーリ大学]]卒業(学士、ジャーナリズム専攻)。[[1950年]]、「[[ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション]]」誌に掲載の短編『モンスター誕生(男と女から生まれたもの)』(''Born of Man and Woman'')でデビューを果たす。
 
優れたストーリーテリング能力を駆使し、ひとつのアイディアを丁寧かつ繊細な描写で語るというスタイルを持つ。映像媒体の脚本でもその才能を遺憾なく発揮し、[[スティーヴン・スピルバーグ]]の『[[激突!]]』(原作と脚本)、『[[ヘルハウス]]』(原作と脚本)、[[エドガー・アラン・ポー]]作品の『恐怖の振子』『黒猫の怨霊』『忍者と悪女』、自作品"Bid Time Return"の改作脚本版『[[ある日どこかで]]』などの映画作品の他 、『[[トワイライトゾーン (1959年)|トワイライトゾーン]]』などのTVドラマの脚本も多く手がけている。『ある日どこかで』『[[ゴッドファーザーPARTII]]』では[[カメオ出演]]している。
 
息子の[[リチャード・クリスチャン・マシスン]]も小説家、脚本家として知られており、マシスンとは「同姓・同名・同業」となっている。娘について「『[[E.T.]]』の脚本家で俳優[[ハリソン・フォード]]の前夫人[[メリッサ・マシスン]]」とする文献があるが、これは間違いである。
17,010

回編集