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'''齋藤 愼爾'''(さいとう しんじ、[[1939年]][[8月25日]] - )は[[日本]]の[[俳人]]、[[編集者]]、[[文芸評論家]]。[[朝鮮]][[ソウル|京城府]](現・[[韓国]][[ソウル市]])生まれ。1946年、[[山形県]]の[[飛島 (山形県)|飛島]]に移住。高校時代より句作を開始。1955年、[[秋沢猛]]、[[秋元不死男]]に師事し、秋本主宰の「[[氷海]]」に投句。1959年氷海賞受賞。「孤島の[[寺山修司]]」と称されたが、翌年より20年以上の間句作を中断した。
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'''齋藤 愼爾'''(さいとう しんじ、[[1939年]][[8月25日]] - )は[[日本]]の[[俳人]]、[[編集者]]、[[文芸評論家]]。[[朝鮮]][[ソウル|京城府]]生まれ。
 
[[山形大学]]文理学部国文科を中退後、1963年に[[深夜叢書社]]を設立。1973年、[[堀井春一郎]]らと『季刊俳句』創刊。1983年、寺山修司らと「雷帝」創刊のために句作を再開。さらに50歳の頃から文筆活動に入る。2010年、『ひばり伝 蒼穹流謫』で[[芸術選奨]]文部科学大臣賞受賞。2013年、『周五郎伝 虚空巡礼』で[[やまなし文学賞]]受賞。[[法政大学]]文学部講師。[[芝不器男俳句新人賞]]選考委員。
== 人物 ==
長く[[深夜叢書社]]を経営のかたわら[[俳句]]を作り、50歳の頃から文筆活動に入る。文人、芸術家を紹介する書物の編纂など編集の仕事が多い。2008年には[[瀬戸内寂聴]]の伝記を、2009年には[[美空ひばり]]の伝記を上梓した。
 
2004年に[[車谷長吉]]の私小説「刑務所の裏」で描かれたことで名誉を傷つけられたとして提訴したが、その後和解している。
 
== 経歴 ==
* [[1939年]](昭和14年) - 朝鮮の京城に生まれる。
* [[1946年]](昭和21年) - [[飛島 (山形県)|飛島]]に移住する。
*1955年、[[秋沢猛]]、[[秋元不死男]]に師事。「[[氷海]]」(主宰:秋元不死男)に投句。1959年氷海賞受賞。「孤島の[[寺山修司]]」と称された。その後句作中断。
* [[山形大学]][[文理学部]][[中退]]
* [[深夜叢書社]]社主
*1973年、[[堀井春一郎]]と「[[季刊俳句]]」創刊。
*1983年、「雷帝」を創刊し、句作再開。
* [[法政大学]][[文学部]][[講師 (教育)|講師]]
*2010年、「ひばり伝 蒼穹流謫」で[[芸術選奨]]文部科学大臣賞受賞。
*2013年、「周五郎伝 虚空巡礼」で[[やまなし文学賞]]受賞。
 
== 著書 ==
*〈武蔵〉と[[吉川英治]] 求道と漂泊 東京四季出版 2003
*二十世紀名句手帖 河出書房新社
:**1 人事篇 愛と死の夜想曲 2003
:**2 時候篇 季節の宴から 2003
:**3 植物篇 花と樹木の饗宴 2004
:**4 動物篇 動物たちのカーニバル 2004
:**5 天文篇 星と月のシンフォニー 2004
:**6 行事篇 時と祭のコスモロジー 2004
:**7 地理篇 海と山のラビリンス 2004
:**8 生活篇 旅と人生の嬉遊曲 2004
*永遠の文庫〈解説〉傑作選 メタローグ 2003
*吉本隆明入門 思潮社 2003(現代詩手帖臨時増刊「吉本隆明」)
*時よとまれ、君は美しい スポーツ小説名作集 角川文庫 2007
*[[阿久悠]]のいた時代 戦後歌謡曲史 [[篠田正浩]]共編 柏書房 2007
 
== 参考文献 ==
*[[宗田安正]] 「齋藤愼爾」 『現代俳句大事典』普及版、三省堂、2008年
*[[金子兜太]]編 『現代の俳人101』 新書館、2004年
 
== 関連項目 ==
*[[松山宣言]]
*[[正岡子規国際俳句賞]]
*[[芝不器男俳句新人賞]]
 
== 外部リンク ==
{{portal 文学}}
*[http://shinyasosho.com/ 深夜叢書社]
*現代俳句人名事典における[http://www.weblio.jp/content/%E9%BD%8B%E8%97%A4%E6%84%BC%E7%88%BE 齋藤愼爾の俳句]([[現代俳句協会]])
 
{{writer-stub}}
{{DEFAULTSORT:さいとう しんし}}
[[Category:俳人]]
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