「お東騒動」の版間の差分
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=== 権力闘争としての側面 ===
もとより、宗教法人「本願寺」(当時)と宗教法人「真宗大谷派」は別個の宗教法人であり、{{要出典|範囲
真宗大谷派という教団が[[合併]]という方法で、一個の[[寺]]である本願寺を接収したという[[結果]]をみるかぎり、教団と寺院の財産争いであり、接収された法主の権限は全て内局の長である[[宗務総長]]がもつことになり、それによりさらなる[[中央集権化]]がなされたことからして権力闘争であったのも事実だろう。なにより大谷家が本願寺を私物化していると断じ非難した寺院も含め、大谷派の寺院は、教団から[[住職]]に任じられるという形式をもってしても、寺院の宗教法人としての[[規則]]には、「○○姓」と限定した上で、ほぼ全てが[[寺族]]による[[世襲制]]を選択しており、彼ら自身が大谷家と同様の状態にあるという[[矛盾]]をもっている。
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