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もともと、集団ごとの差異を論じるのは[[エジプト]]の古代絵画にも見える。「アンスロポロジー」という言葉を最初に使ったのは[[アリストテレス]]であったが、その意味は「人の噂をする人、あるいは自慢話をする人」という意味であって、直接的な関係はない。[[古代ローマ]]の医師[[ガレノス]]が動物と人類の解剖学的な比較を行った記録が、自然人類学的な最初の報告だろう{{要出典|date=2011-11}}。アンスロポロジーを現代的な用法で使ったのは、[[マグヌス・ハント]]だと言われている。E・タイソンはヒトを含む霊長類の比較解剖を行ったことで記録に残っている。
 
[[カール・フォン・リンネ]]は『自然の体系』第10版において[[ヒト]]、[[有尾猿]]、[[キツネザル]]、[[コウモリ]]を霊長目の4属とし、ヒト属の中に[[ホモサピエンス]]と[[類人猿]]をおいた。一方で[[ビュフォン]]は機能的な分析をし、[[人類の進化]]や[[人種]]に影響を持った。
 
[[1856年]]、[[ホモ=ネアンデルタレンシス]]の[[化石]]が発見され、[[1859年]]に[[チャールズ・ダーウィン]]が『[[種の起源]]』を発行した。この年には[[パリ]]で世界初の人類学会が結成された。