「太田哲也」の版間の差分

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=== 事故後の対処 ===
 
事故直後、衝突相手であるポルシェの炎上は比較的小規模であり同車の砂子は自力で脱出して救急車で搬送された一方(全身打撲、右足の粉砕・開放骨折等で暫くレース活動を中止するほどの重傷だったが)で、太田は車内まで火が回り激しく炎上し続けるマシンの中に90秒近く取り残された。消火と救助を開始したのは、炎上する太田車の脇を通過した後に駆けつけた[[RE雨宮]]所属(当時)のドライバー[[山路慎一]]であった。その後現場に到着し、太田の搬送に用いられたのは救急車ではなく、富士スピードウェイの機材車(商業用バン)であったそのあまりの対応の遅さとずさんさに激怒した山路はその場でレスキューカーのフェンダーに蹴りを入れている
 
<!--独自研究ですか?実際の時間経過を見てみると、太田が乗ったフェラーリが炎に包まれた瞬間から、コースを横断して停止するまで19秒、山路がクルマを停めたのが23秒、山路が消火器を手にしたのが30秒、山路が消火を開始したのが46秒、ほぼ消火されたのが1分7秒、レスキューカー現場到着が1分10秒、太田の頭部が車外に出たのが1分24秒となっている。この値は、現場にオフィシャルが到着するのが遅れた事をしめしている。
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レスキューカーはフォーメーション・ラップ中、最後尾につけていたが、スロ-ダウン車両がいたために到着が遅れた。また、コントロール・センター脇からは消火車、救急車、破壊工作車が出動し、このうち消火車、救急車は910ポルシェへ、破壊工作車がフェラーリへと向かったが、現場到着は1分53秒後となった。また、現場にいち早く駆けつけてしかるべきポストのオフィシャルの動きだが、1番ポストのオフィシャルは910ポルシェの現場へ行っており、風向きや視界の関係からもっとも状況を把握できているであろう2番ポストのオフィシャルは、初期段階では誰もフェラーリに向かっていなかった(1分40秒後到着)。さらに、現場に行くのにコースを横断する必要がなく、最も早く到着できそうだったピットロードのオフィシャルも、消火が終わってから到着した(丁度1分後到着)。
 
=== 批判 ===