「死」の版間の差分
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{{Otheruseslist|死そのもの、並びに、死の文化的な位置付けなど|法令や社会における人の死を意味する様々な用語|死亡|権利の主体としての人の死|人の終期}}
{{出典の明記|date=2009年5月}}
{{暴力的}}
'''死'''(し、{{lang-en|death}})とは、
*[[命]]がなくなること<ref name="koujien">広辞苑 第五版 p.1127</ref>。[[生命]]がなくなること<ref name="daijisen">大辞泉</ref>。生命が存在しない状態<ref name="daijisen" />。<!--生命活動が止まること・止まった状態
*機能を果たさないこと、役に立たないこと<ref name="koujien" />(→[[#比喩的な用法]]を参照)
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:「脳死」という考え方は、様々な激しい議論を生み、かなりの論争にもなった、現在では一時ほどは激しくはないが、今も様々な議論は続いている。
:現代では「脳死が死だ」というふうに捉える人もいるであろう<ref name="kabe" /><ref>p.57</ref>。だがこの「脳死」概念ですら線引きは様々で、(脳のどこが死んだ段階を「脳死」とするか意見は分かれ)、「脳の神経細胞が全部死んだ時点が脳死」とする人もいる<ref name="kabe" /><ref>p.57</ref>。しかし、仮にこの論法を取る場合でも、一体どの時点で神経細胞が全部死んだのか、実はわからない<ref name="kabe" /><ref>p.57</ref>。<ref group="注">実は意識の有無の判定も容易ではない。意識の停止は睡眠中や昏睡中にも起こりえるため、停止は一時的なものではなく、永続的で回復不能なものでなくてはならない。意識の停止がたんなる睡眠であった場合は[[脳波計]]で比較的簡単に確認できる。
だが、脳の一部の機能が失われたと外的にモニタできた場合でも、その状態で意識があるのか無いのか、判断できない場合が多い。</ref><!-- Among human beings, brain activity is a necessary condition to legal personhood in the United States. "It appears that once brain death has been determined … no criminal or civil liability will result from disconnecting the life-support devices." (Dority v. Superior Court of San Bernardino County, 193 Cal.Rptr. 288, 291 (1983)) アメリカの例であるため訳さず。--><ref group="注">一部の人は、[[脳幹]]が生きているかどうかを線引きに使えばいい、と主張している。だが、脳幹の機能が停止しているにもかかわらず、聴覚野のほうは生きて機能を保っていて、周囲の人の言葉を理解している患者の事例も発見された。</ref><ref group="注">一部の人は、「人間の意識に必要なのは脳の[[新皮質]]だけである」と主張している。こうした人は「新皮質の電気的活性だけを基準に死の判定をすべきである」とする。"[[大脳皮質]]の死によってもたらされる認識機能の永続的で回復不能な消失が、死を判定する基準となる"と述べる人もいる(関西医科大学大学院法医学生命倫理学研究室による[http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/topics/brain.
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