「奄美群島」の版間の差分

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ご当地ナンバー
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{{Coord|28|16|N|129|21|E|display=title|name=奄美大島|type:isle}}
[[画像:Kagoshima_Satsunan-islands.png|thumb|140px|奄美群島(薩南諸島南部)]]
'''奄美群島'''(あまみぐんとう)は、[[南西諸島]]の内[[薩南諸島]]南部にある[[島嶼]]群である。[[鹿児島県]][[奄美市]]および[[大島郡 (鹿児島県)|大島郡]]の区域をいう<ref>[http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29HO189.html 奄美群島振興開発特別措置法 第1条]</ref>。「奄美群島」が正式名称であとなっているが、未統一だったころの'''奄美諸島'''(あまみしょとう)がまだ用いられることもある。気候はが[[亜熱帯気候]]に属し、[[固有種]]を含めて、珍しい生き物も多数生息する。
 
== 名称 ==
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名称の由来については、今なお不明な点が多い。伝承では[[琉球王国]]の[[創世神話]]に登場する「アマミキヨ」(アマミコ、阿麻弥姑)神に由来するとされる。ただし琉球王国の神話や「アマミキヨ」の起源は文献上[[10世紀]]から[[13世紀]]の間までしか遡れず、[[7世紀]]には日本列島の中央政権にその名称と存在が知られていたこととは時間的な開きが生じている。また「アマミキヨ」の名称使用自体が[[沖縄本島]]周辺に限られており、奄美群島では「テルクミ」の名称で伝わっている(沖縄本島に隣接する[[与論島]]では「アマミキヨ」)。これらの事を含めて「アマミキヨ」とは奄美そのものを指し、琉球王国の成立には奄美勢力の南下、又は奄美を経由した本土勢力が深く関わっていたのではないかと指摘する研究者もいる{{誰|date=2010年3月}}。「アマミキヨ」降臨の地とされる「アマンデー」(奄美嶽、海見嶽)もその立地条件や奄美群島北部には希少な[[御嶽 (沖縄)|御嶽]]的存在であり、それらが琉球王国の聖地とされる「[[斎場御嶽]]」と酷似しているため琉球領時代に持ち込まれた伝承とも言われている{{要出典|date=2010年3月}}。
 
長らく「奄美'''諸島'''」「奄美'''群島'''」と2通りの呼称があったが、[[2010年]][[2月15日]]に日本政府の[[国土地理院]](地名等の統一に関する連絡協議会)は「'''奄美群島'''」を決定地名に採用した<ref>[http://www.gsi.go.jp/kihonjohochousa/kihonjohochousa60003.html 国土地理院ウェブサイト 『奄美群島』を決定地名に採用]</ref>。 
 
== 概要 ==
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方言は[[琉球語|琉球語(琉球方言)]]のうち、[[奄美方言]]と[[国頭方言]]の一部が話されている。奄美方言は[[喜界方言]]・[[北奄美大島方言]]・[[南奄美大島方言]]・[[徳之島|徳之島方言]]、国頭方言は[[沖永良部方言]]・[[与論方言]]と分類される。[[言語学]]的な分類とは別に、奄美群島では統一的に奄美方言と表現することがある。日本語の[[新方言]]については全体として[[標準語]]をベースにしつつ[[鹿児島県]]所属としての[[薩隅方言]]の影響、さらに[[近畿方言|関西弁]]の影響も見られ、沖縄県の新方言([[ウチナーヤマトグチ]])とは違うものになっている。また奄美群島の場合、島嶼ごとに新方言が発達する傾向にある(ただし相互の影響はある)。
 
[[三線|三味線]]と[[チヂン]]を使って歌われる[[島唄|シマ唄]]、[[八月踊|八月踊り]]などの伝統行事に伴う踊り、[[稲作]]を中心とした年間サイクルで行われる伝統行事([[夏正月]]のアラセツ、シバサシ、ドンガなど)は[[琉球王国|琉球]]とも[[薩摩国|薩摩]]とも異なる文化である。
奄美群島の食文化には歴史的経緯から[[沖縄料理]]・[[薩摩料理]]との共通点が多いが、独自の料理もいくつかある。名物料理としては[[鶏飯]]、[[油ぞうめん]]などがあり、[[焼酎#黒糖焼酎|黒糖焼酎]]・[[がじゃ豆]]などが名産品として知られる。
 
奄美群島の食文化には歴史的経緯から[[沖縄料理]]・[[薩摩料理]]との共通点が多いが、独自の中間的な[[奄美料理]]、別名島料理が食べられてくつかある。名物料理としては[[鶏飯]]、[[油そうめん|油ぞうめん]]、[[蘇鉄味噌]]を使った地豆味噌などがあり、[[焼酎#奄美黒糖焼酎]]、[[みき (飲料水)|黒糖焼酎みき]][[がじゃ豆]]などが名産品として知られる。
 
== 地域 ==
* 中心都市は、奄美大島にある[[奄美市]][[名瀬市|名瀬]]である。
* 大学、短期大学といった[[高等教育]]機関は現在、1つも存在しない。奄美大島では[[2004年]]度より[[鹿児島大学]]法文学部の大学院がサテライト教室を、奄美市中央公民館金久地区分館3階にて開講している。鹿児島大学大学院より教授が派遣され、集中講義形式(一部はインターネットによる中継画像)で授業が行われている。事務員を1名同館3階事務室に常駐させている。詳細は、奄美市役所で聞ける。大学卒であれば科目等履修生になることができ、鹿児島大学の大学院の単位を取得できる。また徳之島でも[[2007年]]度から開講され、徳之島町亀津の生涯学習センターにて授業が行われている。こちらは初年度は奄美大島からのインターネットの中継画像による授業が多かったが、[[2008年]]度からは徳之島で開講される授業が増えた(どちらの島で開講するかは科目ごとの受講生の人数による)。但し2007年度までは文部科学省の助成があった為に受講可能な科目数が多かったが、2008年度からはそれが無くなったためにサテライト教室で受講可能な科目は大幅に減ってしまった。科目は「奄美根ざした講座」が提示されており、受講生はそれぞれの島の社会人である為、授業風景は教授が一方的に講義するよりも、教授と学生との双方向のやりとりが盛んで和気藹々としている。このサテライト教室から鹿児島大学大学院に進んだ生徒が3名いる(2006年度現在)。[[2009年]]度も開講予定である。過去には[[1891年]]から[[1894年]]にかけて設置されていた[[鹿児島師範学校]]教員養成講習科分教場や、[[琉球列島米国民政府|米軍占領統治]]下の[[1952年]]から[[1953年]]にかけて設置されていた[[琉球大学]]大島分校が存在した。
* 高校卒業後の[[専門学校]]としては[[奄美看護福祉専門学校]]と[[奄美情報処理専門学校]]が奄美市名瀬にある。
* [[テレビ放送]]、AM放送の[[中継局]]は設置されている。FM放送は[[日本放送協会|NHK]]の中継局と[[コミュニティ放送]]局の[[ディ!|ディ!ウェイヴ]]のみで、鹿児島県を対象地域とする[[エフエム鹿児島]]は聴取不可能<ref>現時点では[[radiko]](無料版<鹿児島県内であれば無料で聴取可能>、および有料会員制「radikoプレミアム」とも)は未提供になっている。ただし、[[龍郷町]]にある[[エフエムたつごう]]では、一部の時間帯に限定ではあるが、FM鹿児島(μFM)の番組が同時配信されている([http://img01.amamin.jp/usr/f/m/t/fmtatsugo/FM%E3%81%9F%E3%81%A4%E3%81%94%E3%81%86%E7%95%AA%E7%B5%84%E8%A1%A82014.06.15.jpg 2014年6月15日付の番組表])</ref>。
**地域の新聞社として[[南海日日新聞]]と[[奄美新聞]]がある。
**[[全国紙]]・[[西日本新聞]]([[ブロック紙]])においても、新聞社によるが、鹿児島県・[[宮崎県]]、更には[[熊本県]]などのテレビ面を載せることがある。
**なお全国紙、県域[[地方紙]]2紙については、現在も本土(南日本のみ[[鹿児島市]]、他[[福岡市]]か[[北九州市]])から空輸か船便での輸送が必要である都合で、朝刊の配達は早いところでも昼前後、ところによっては夕方(本土で夕刊が配達される時間)か翌朝になることもある。そのため、[[産経新聞]]<ref>[[産経新聞西部本部|九州・山口版]]はブロック統一版であるため、番組表の内容は対象となる8県で全く同じものである</ref>を除く、鹿児島県向けの新聞には、発行日当日と翌日([[新聞休刊日]]は翌々日も)の鹿児島県内のテレビ番組表も収録されている。また[[沖縄県]]の3局を視聴できる地域もあり、[[南日本新聞]]朝刊(奄美地域では夕刊は配達されていなかったが[[2009年]][[2月]]に夕刊は廃刊)の「第2テレビ頁」に、沖縄の3局の翌日(新聞休刊日は翌々日も)の[[番組表]]を載せている。(奄美のローカル新聞にも掲載)
* [[2014年]][[11月17日]]から、奄美群島全域を対象にして、[[自動車]]と[[自動二輪車]]の「奄美」という[[ご当地ナンバー]]の交付が始まった。
* [[生物地理区]]の分類では[[トカラ列島]]を通る[[分布境界線|渡瀬線]]を境に北側が[[旧北区]]、南側が[[東洋区]]となっている。[[生物学]]的に、奄美群島は[[九州]]本土よりも沖縄県の方が近い。