「マイケル・フェルプス」の版間の差分

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[[2008年]]の[[北京オリンピックにおける競泳競技|北京五輪]]では、個人5種目とリレー3種目に出場した。9日間で17レースをこなさなければならない状況にも関わらず、全ての種目で金メダルを獲得し、ミュンヘン五輪でマーク・スピッツが達成した7冠を超え、競泳史上初・オリンピック史上初となる8冠を達成した。このうち100mバタフライを除く7種目では世界新記録となった(なお、100mバタフライは五輪新記録。100mバタフライは最後の最後で逆転に成功し、わずか0.01秒差の金メダルだった)。最終種目となった4x100mメドレーリレーの表彰式の最後に、この前人未到の功績を称えて記念品が贈呈された。
 
[[2012年]]の[[ロンドンオリンピック (2012年) における競泳競技|ロンドン五輪]]では、400m個人メドレーで[[萩野公介]]に競り負け4位に終わり、シドニーオリンピック以来3大会ぶりにメダルを逃した。200mバタフライでは、[[チャド・レクロー]](南アフリカ)とわずか0.05秒の差で銀メダルとなった。4×100mフリーリレーでも銀メダルに終わった。200m個人メドレー・100mバタフライ・4×200mフリーリレー・4×100mメドレーリレーにて同一種目3連覇を達成した。なお、過去2大会でメダルを獲得していた200m自由形にはエントリーしなかった。
 
生涯において、世界新記録を39回樹立(個人種目29、リレー種目10)。
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* 2012年 ロンドンオリンピック 4x200mフリーリレー 金メダル 6分59秒70
* 2012年 ロンドンオリンピック 4x100mメドレーリレー 金メダル 3分29秒35
 
 
== 人物 ==
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フェルプスは、2012年のロンドンオリンピックを最後に競泳から引退。自身にとって最後の公式競技となった4x100mメドレーリレー(2012年[[8月4日]])で通算22個目のオリンピック・メダル(金メダルとしては18個目)を獲得後、「自分は水泳において、やるべきことは全てやった」と語り、NBCのスタジオ・インタビュー<ref name="nbc20120804">NBC系列にて、アメリカ時間の2012年8月4日夜に放送されたスタジオ・インタビュー。</ref>において、司会の[[:en:Bob Costas|ボブ・コスタス]]<ref>アメリカNBC系列によるオリンピック中継の顔ともいうべき総合司会者。</ref>が何度尋ねても、引退の決心に変わりはないと述べた。「これまで、競泳であちこちの町を訪れたが、実際に町を観光したことはない。ホテルとプール以外のものも見てみたい」という理由により、今後は世界各地を旅行するつもりだという<ref name="nbc20120804"/>。
 
2014年9月30日に米国メリーランド州で酒気帯び運転などの疑いで逮捕された<ref>[http://www.asahi.com/articles/ASGB120PQGB1UHBI001.html 水泳のフェルプス選手を逮捕 酒気帯び運転の疑い] 朝日新聞 2014年10月1日10時02分</ref>。そのため米国水連から「6か月の競技会出場停止」「既に代表権を獲得していた翌年の世界選手権の代表権剥奪」という処分を下された<ref>[http://news.livedoor.com/article/detail/9332081/ フェルプスに6か月の出場停止処分、世界水泳への道も閉ざされる]livedoorNEWS2014年10月7日 9時10分 </ref>。
 
== コーチ ==