「シャルリー・エブド襲撃事件」の版間の差分

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2015年1月7日に発売されたシャルリー・エブドには、[[イスラーム過激派|イスラム過激派]]への挑発ともとれるイラストが掲載されていた<ref name="jiji_20140108"/>。この新聞は過去にも[[イスラム教]]の[[預言者]][[ムハンマド]]を題材にした風刺画を度々掲載し、イスラム教徒の反発を招いて世界各国で抗議デモに発展していた<ref name="mainiti_20140107"/>。その画風はフランス国内でも[[ジャック・シラク]]大統領(当時)から「行き過ぎた挑発だ」と批判された<ref>読売新聞、2015年1月15日付朝刊</ref>。2006年のムハンマド風刺画掲載後から、シャルリー・エブド関係者は絶えず殺害すると脅迫され警察の警護対象になっており、2011年には同紙編集部に火炎瓶が投げ込まれて全焼する事件が起きた。2012年にはフランス政府の自粛要請にもかかわらずムハンマドの風刺画を掲載し、2013年には、ムハンマドを漫画で描いた「ムハンマドの生涯」を発売した<ref>{{Cite news |title= 「コーランでなくフランスの法に従う」風刺武器の名物編集長、警護対象も壮絶な最期|newspaper= 産経新聞|date= 2015-01-08|author= |url= http://www.sankei.com/world/news/150108/wor1501080054-n1.html|accessdate=2015-01-10}}</ref>。
 
フランスでは、宗教が公的な領域に可視化されることが、憲法によって禁止されている。これを[[ライシテ]]と呼ぶ<ref>内藤(2014)・131頁</ref>。フランスの政治家は左派右派共に宗教色が社会に現れることを極端に嫌い、2004年には公立学校で[[ブルカ]]や[[ヒジャーブ]]を被ることが禁止された。さらに2010年には、公共の場においての着用も禁止された<ref>内藤(2014)・131頁</ref>。
 
ムスリムの移民二世三世達は、移民の集まって住む場所である出身地や、ムスリム系の名前によって就職などでも差別を受けており<ref>内藤(2014)・133-134頁</ref>、そうした状況に対してフランス政府もこれといった対策を取らずにきた<ref>内藤・134頁</ref>。
== 事件の状況 ==
現場はパリ中心部にある[[バスティーユ駅 (メトロ)|バスティーユ駅]]から北へおよそ400メートルの地域にあり、事件が発生した当時は週1回の編集会議が行われていた<ref name="jiji_20140108"/>。
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{{脚注ヘルプ}}
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== 参考文献 ==
*[[内藤正典]]「イスラム戦争 - 中東崩壊と欧米の敗北」([[集英社新書]]、2014年)
 
== 関連項目 ==