「ロイヤル・オーク」の版間の差分

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チャールズは[[騎士党|王党派]]の残党と共に[[シュロップシャー‎]]の[[ボスコベル館]]に逃げ込んだ。館の主は[[カトリック教会|カトリック]]だったため彼らをかくまったが、議会軍の詮議はその館にまで及んだため、チャールズは側近と共に大きなオークの木の枝の中に一晩隠れ、追手をやりすごした。この木が後にロイヤル・オークと言われるものである。
 
その後[[フランス]]に亡命したチャールズは1660年に王政復古を果たすが、その際、自分の逃亡に力を貸した者たちに子々孫々まで与えられる年金を与えたり、王冠とオークの木を組み合わせた[[紋章]]の使用を許すなどしてその忠誠に報いたという。また、[[1679年]]には[[エドモンド・ハレー]]によって、この木をモチーフにした星座([[チャールズのかしのき座]])が発見制定されたりもしている。
 
== 現在のロイヤル・オーク ==