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日本における「観光」という言葉の初出は、「[[観光丸]]」であるといわれる。昭和5年([[1930年]])[[濱口内閣]]の時[[国際観光局]]は創設された。「観光立国」の筆者である岸衛の進言によって創設された。名称は、[[鉄道大臣]][[江木翼]]の意見によったと言われている。博識であった鉄道大臣江木翼が『[[易経]]』を引用した<ref>[[富田 昭次]]『ホテルと日本近代』(学芸出版)</ref>。この時期には、「大変珍しいもの」という程度で用いられていたといった見方もあるが、ツーリスト・ビューローの出版物TOURIST([[1918年]][[3月]]号)では、[[アイヌ文化]]を詳しく伝えて、国の光=文化の概念の普及に努めている。
 
概括的に言えば、観光は[[明治]]時代からある[[単語]]ではあるが、きわめて限定的にしか用いられず、むしろ今日で言う外国人観光客誘致、[[訪日外国人旅行|インバウンド]]誘致といった意味合いが込められていく。ツーリズムの訳語として充てられたのも、そうした時代背景がある。
 
なお、中国では「観光」は一般的ではなく、旅游、遊覧が用いられるようである。当時から、国内観光には、遊山、遊覧、漫遊、行楽などの用語が用いられ、今日の意味合いで、つまり、国内旅行の意味も含めていうところの「観光」が定着したのは1960年代以降とされる<ref>溝尾2003年p8</ref>。