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 '''調和振動子'''(ちょうわしんどうし、{{lang-en-short|harmonic oscillator}})とは、質点が定点からの距離に比例する引力を受けて運動する系である。調和振動子は定点を中心として振動する系であり、その運動は解析的に解くことができる。
{{出典の明記|date=2011年7月}}
{{古典力学}}
'''調和振動子'''(ちょうわしんどうし、{{lang-en-short|harmonic oscillator}})とは、[[ポテンシャル]]の大きさが中心からのユークリッド距離の2乗に比例する[[振動運動]]を行う振動子のことである。平たく言えば、理想的な[[ばね|バネ]]につながれた物体の振動のこと。運動の自由度によって一次元、二次元、三次元調和振動子がある。
 
特徴の一つは、振幅ないしそれに対応する物理量によることなく定まった周期で振動することである。調和振動子は一点を中心とする振動の単純なモデルであり、実際の問題では複雑なポテンシャルを調和振動子で置き換えることもよくある。たとえば[[結晶]]で、格子点にある原子の[[熱振動]]を三次元調和振動子とみなして、[[比熱]]などの理論値を計算することができる。
 
== 古典的な調和振動子 ==
=== ニュートンの運動方程式から ===
 一端を壁につないだ[[ばね定数]] '' <math>k''</math> のばねの他端つながれた[[質量]] '' <math>m''</math> の物体を考えるつなぐばねの自然長静止状態から物体を '' <math>x''</math> だけ手で引っ張り、静かに手を離すと物体は振動を始める。物体にかか作用する[[力]]は  <math>-''kx''</math> である。[[ニュートンの運動方程式]]  <math>mx''m\frac{d^2x}{dt^2}=-kx</math> を解くと、一般解は次のようになる(' は時間微分)
:<math>x(t)=A\cos\omega t+B\sin\omega t,</math>
:<math>\omega=\sqrt{\frac{k}{m}}</math> : 調和振動子の角振動数(固有振動数)
 ''A'' , ''B'' は定数で、初期条件によって決まる。振動数& <math>\omega;</math> は、ばね定数と物体の質量にのみ依存するが、振幅などの初期条件(これは定数''A'' , ''B'' に関係)にはよらない
 
 さらに詳しい議論は[[自由振動]]を参照。
 
=== 解析力学ハミルトンの運動方程式(正準方程式)から ===
 調和振動子の[[ポテンシャル]]'' <math>U''</math> は次のようになる。
:<math>U=\frac{1}{2}kqkx^2</math>
 ただし ''q''  <math>x</math>物体の位置である。ばね自然長からずれであ時の位置を原点とする。[[ハミルトニアン]] '' <math> H'' = ''T'' + ''U'' </math>を求めれば、運動は[[ハミルトン力学|ハミルトンの正準方程式]]にしたがう。'' <math>T''</math> は[[運動エネルギー]]、'' <math>p''</math> は運動量である。
:<math>H=\frac{1}{2m}p^2+\frac{k}{2}qx^2</math>
 ハミルトンの正準方程式は
:<math>\frac{\partial x}{\partial t}= \frac{\partial H}{\partial p}</math>
:<math>\frac{\partial p}{\partial t}=-\frac{\partial H}{\partial x}</math>
である。ハミルトンの正準方程式から連立方程式が得られるが、これを解いても [[ニュートンの運動方程式]]  <math>mx''=-kx</math> を得るだけである。したがって、解は古典力学と同じ結果である。
また、ここで用いたハミルトニアンは量子力学でも使用する。
 
ところで、この系がある一定の[[力学的エネルギー]]('''振動エネルギー'''とも言う)''E'' を持っているとき、ハミルトニアン''H'' の値は''E'' にほかならない。このとき''q'' と''p'' を座標軸にとってみると、上の式は[[楕円]]の方程式になっている。このように座標空間と運動量空間からなる空間を[[位相空間 (物理)|相空間]]と呼び、ある時刻の系の状態は位相空間内の一点であらわされるのだが、その点が動いた軌跡のことを[[トラジェクトリー]]と呼ぶ。
 
== 量子的な調和振動子 ==
=== 正準量1次元の調和振動 ===
 量子力学では運動量  <math>p</math> が
ハミルトニアンを[[正準量子化]]すると、1次元の量子的な調和振動子についての時間依存しない[[シュレーディンガー方程式]]は、以下のように書ける。
:<math>\left[p=-\frac{i\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{1}{2}kx^2\right]\phi(x)=E\phi</math>
と演算子で書く。 <math>\hbar</math> は[[換算プランク定数]]、 <math>i</math>は虚数。よってハミルトニアン <math>H</math>は
:<math>H=\left[-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{1}{2}kx^2\right]</math>
となる。
 
ハミルトニアンを[[正準量子化]]すると、 1次元の量子的な調和振動子についての時間依存しない[[シュレーディンガー方程式]]は、以下のように書ける。
この方程式は煩雑だが解析的に解くことができ、その解(エネルギー固有状態)は[[エルミート多項式]]''H<sub>n</sub>'' を使って以下のように表される。
:<math>\left[-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{1}{2}kx^2\right]\phi(x)=E\phi</math>
 この方程式は煩雑だが解析的に解くことができ、その解(エネルギー固有状態)は[[エルミート多項式]]''H <submath>nH_n</submath>'' を使って以下のように表される。
:<math>\phi_n(x)=AH_n(\xi)\exp\left(-\frac{\xi^2}{2}\right)</math>
ただし、<math>\xi=\sqrt{\frac{m\omega}{\hbar}}x</math>、''<math>A''</math> は[[規格化]]定数で次式で与えられる。
:<math>A=\sqrt\frac{1}{n!2^n\sqrt\pi}</math>
 
 また、[[エルミート多項式]] <math>H_n</math>は
エネルギー固有値は次のようになる。
:<math>H_n(x)=(-1)^n\exp\left(x^2\right)\frac{\mathrm{d}^n}{\mathrm{d}x^n}\exp\left(-x^2\right)</math>
で定義される。具体例として <math>n=0,1,2</math> の場合を示すと
:<math>H_0=1</math>
:<math>H_1=2x</math>
:<math>H_2=4x^2+2</math>
である。
 エネルギー固有値は次のようになる。
:<math>E_n=\hbar\omega\left(n+\frac{1}{2}\right) \qquad (n=0,1,2,...)</math>
つまりエネルギー準位は  <math>\hbar\omega</math> という均等な間隔で並ぶ。 <math> n = 0 </math> の状態は零点振動、そのエネルギー固有値 <math> E_n = \frac{1}{2}\hbar\omega </math> は零点エネルギーと呼ばれる
 
==== より高次元の調和振動子 ====
 以上は一次元調和振動子の場合であるが、2次元、3次元も同様に解ける。たとえば三3次元では、結果だけを言えばの場合、エネルギー固有値は次のようになる。
:<math>E_N=\hbar\omega\left(N+\frac{3}{2}\right)</math>
''N'' は三方向の量子数 (''n <submath>xn_x</submath>'' , ''n<submath>yn_y</submath>'' , ''n<submath>zn_z</submath>'' ) の和で、また''E <submath>NE_N</submath>'' は、('' <math>N''</math> +2)('' <math>N''</math> +1)/2 重に[[縮退]]している。これは縮退が見られなかった一次元の場合とは明らかに異なる。
 
=== 生成消滅演算子 ===
 調和振動子の扱い方としては他に[[生成消滅演算子]]を使用する方法がある。
 
 以下のような演算子を定義する。
:<math>\hat{a}=\sqrt{\frac{\hbar}{2m\omega}}\left(+\frac{\partial}{\partial x}+\frac{m\omega}{\hbar}x\right)</math> : 消滅演算子
:<math>\hat{a}^\dagger=\sqrt{\frac{\hbar}{2m\omega}}\left(-\frac{\partial}{\partial x}+\frac{m\omega}{\hbar}x\right)</math> : 生成演算子
 
 これを使うと、上述のシュレディンガー方程式は次のように書きなおせる。
:<math>\hbar\omega\left(\hat{a}^\dagger\hat{a}+\frac{1}{2}\right)\phi=E\phi</math>
1/2の項が出るのは演算子に微分が含まれているためである。エネルギー固有値との比較から、<math>\hat{a}^\dagger\hat{a}</math>の固有値は '' <math>n''</math> に等しいことがわかる。よって <math>\hat{a}^\dagger\hat{a}</math>を'''[[数演算子]]'''と呼び <math>\hat{n} \ </math>で表す。
 
 生成・消滅演算子をエネルギー固有状態 <math>\phi_n(x)</math>に作用させると、 <math>\hat{n} \ </math>の固有値''n'' を増減させる。( <math>n</math> = <math>0,1,2,....</math>)
:<math>\hat{a}\phi_n(x)=\sqrt{n}\phi_{n-1}(x)</math>
:<math>\hat{a}^\dagger\phi_n(x)=\sqrt{n+1\,}\phi_{n+1}(x)</math>
:<math>\hat{a}\phi_0(x)=0</math>
つまり''  <math>n''</math> をなんらかの粒子の数と見なすならば、生成演算子は粒子を一つ作り、消滅演算子は一つ減らす働きをする。また基底状態(粒子数0の状態)に消滅演算子を作用させても、もう粒子は消せない。
 
 この演算子を用いれば、方程式の解を容易に導出できる。
上の解析的方法とやっていることは同じなのだが、演算子とブラ-ケットの記法を使えば式を計算するよりもずっと楽に扱える。<!--のかな?-->
 
 
==具体例==
 量子力学における1次元の調和振動子の運動をアニメーションで示す。(図1)(図2)青い曲線が粒子の波動関数の実部である。緑の曲線が粒子の存在確率密度である。
 
 量子力学では粒子の運動状態を波動関数で表す。波動関数は一般に複素数で与えられる。波動関数の絶対値の2乗が存在確率密度を表す。図1、図2に示される存在確率密度の変動は古典論での粒子の単振動に対応している。
 
 波動関数は一般に
:<math>\psi(x,t)=\sum^{\infty}_{n=0} C_n\phi_n(x)\exp\left(-i\omega\left(n+\frac{1}{2}\right)t\right)</math>
 とかける。ただし <math>C_n</math>は波束を決定する係数である。初期条件として零点振動の中心を <math>x_0</math> だけ変位させた波束
:<math>\psi(x,0)=A\exp\left(-\frac{m\omega}{\hbar}(x-x_0)^2\right)</math>
 を選ぶ(ただし  <math>x_0</math> は任意の定数)と、係数 <math>C_n</math> はエルミートの多項式の直交性から
:<math>
\begin{align}
C_n&=\int_{-\infty}^{\infty} \phi_n(x)\psi(x,0)\,dx\\[5pt]
&=\frac{1}{n!2^n}(\sqrt\frac{m\omega}{\pi\hbar})(\sqrt\frac{m\omega}{\hbar}x_0)^n\exp(-\frac{m\omega}{4\hbar}x_0^2)
&=\frac{1}{n!2^n}(\sqrt\frac{m\omega}{\pi\hbar})(\xi_0)^n\exp(-\frac{\xi_0^2}{4})
\end{align}
</math>
で与えられる(ただし、<math>\xi_0 = \sqrt\frac{m\omega}{\hbar}x_0 </math> とした)。この場合の粒子の運動が図1,図2である。
 
[[File:Harmonic Oscillator 0.0 450.gif|thumb|right|450px|図1:<math>\xi_0=0</math>における量子的調和振動子の図]]
[[File:Harmonic Oscillator 0.45 450.gif|thumb|right|450px|図2:<math>\xi_0=0.45</math>における量子的調和振動子の図]]
 
===図1のアニメーション===
 <math>\xi_0 = 0.0</math> では <math>1 \leqq n </math> の <math> n </math> に対して <math>C_n=0</math> になる。すなわち波動関数が
:<math>\psi(x,t)=C_0\phi_0(x)\exp\left(-\frac{i\omega}{2}t\right)</math>
となる。波動関数は定常波のように振動する。この振動が零点振動である。存在確率密度が時間変化しない定常状態となる。エネルギー固有値は零点エネルギー <math> E_n = \frac{1}{2}\hbar\omega </math> であり、エネルギー状態は基底状態である。基底状態はエネルギーが0の状態ではないので波動関数は運動する。
 
===図2のアニメーション===
 <math>\xi_0 = 0.45 </math> では <math>C_n</math>が <math>0</math> でない値を持つ <math>n</math> が2つ以上存在する。波動関数はエネルギー状態が基底状態の波動関数と励起状態の波動関数の重ね合わせで表される。波動関数の波形は時間によって変化し、定常状態ではない。波動関数は振動の中心付近で速度が最大になる。ド・ブロイの関係式
:<math>p=\frac{\hbar}{\lambda}</math>
により速度が大きくなると波長 <math>\lambda</math> が短くなるので波動関数の波長が振動の中心付近では振動の端と比べて短くなっている。
 
== 関連項目 ==
65 ⟶ 111行目:
*[[非調和振動子]]
*[[RLC回路]]
 
==参考文献==
*振動と波 長岡洋介 著 掌華房 1992年
*量子力学(I) 小出昭一郎 著 掌華房 1990年
*物理学事典(三訂版) 培風館 2005年
 
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