「京阪1700系電車」の版間の差分

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まず、1957年秋に1707-1757・1708-1758・1709-1759の3編成6両が2扉のまま、ロングシート・一般色化された。つづいて、1706-1756が特急色のままロングシート化されたが、のちに一般色に変更された。さらに、1703-1753・1704-1754・1705-1755の3編成がロングシート化されたが、これらは多客時の特急運用への充当を考慮して、そのまま特急色が維持された。
 
1701-1751・1702-1752の2編成はその後もクロスシート装備のまま定期特急運用に充当されていたが、[[1963年]]の[[京阪1900系電車|1900系]]登場とともにロングシート化された。ただし、塗装は1701-1751は特急色、1702-1752は一般色とされた。この頃には窓がアルミサッシ化され、地下線運転ので建設されめに天満橋・[[淀屋橋駅|淀屋橋]]間(1963年開通)を走行する際の車両限界の制約から安全対策として、側窓下部に保護棒が各2本ずつ設置されている。また、1963年には同じく淀屋橋地下線開業への延長に備え、長大編成化対応としてブレーキ弁に電磁吸排弁を付加してAREブレーキ化、ブレーキ応答性能を改善する工事が実施されている。この際、1701-1751以外の編成も再び特急色になっている。
 
なお、格下げ後の本系列には[[1968年]]12月20日の廃止まで[[奈良電気鉄道]][[畿日本京都線]]への乗り入れ実績も存在しており、この際には2両編成で[[丹波橋駅|丹波橋]]から[[京都駅|京都]]まで乗り入れ走行している。
 
[[1965年]]からラッシュ対策として特急色の1705・1755を皮切りに3扉化改造工事が開始され、これは[[1967年]]までに完了した。この改造工事では、側面窓の割付の関係から増設された中央扉は両開き扉<ref>これにより窓配置はd1(1)D3D'3D(1)1(d:乗務員扉、D:客用扉(片開)、D':客用扉(両開)、(1):戸袋窓)となった。なお、中央の両開扉については戸袋窓は設けられていない。</ref>とされている。