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鈴木氏
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'''鈴木 一蔵'''(すずき いちぞう、[[弘治 (日本)|弘治]]2年[[8月7日 (旧暦)|8月7日]]([[1556年]][[9月10日]]) - 没年不詳?)は、[[徳川家康|松平元康(後の[[徳川家康]]の庶長子という説がある人物で、[[諱]]は'''重康'''。母親は[[遠江国]][[磐田郡]][[見附宿]]の旅籠の娘と言われる。[[鈴木氏#雑賀党鈴木氏|雑賀党鈴木氏]](または[[鈴木氏#三河鈴木氏|三河鈴木氏]])の下で養育されたため、鈴木姓を称したという。
 
家康の長男は[[松平信康]]であるが、この人物の存在が事実とすれば次男ということになる。 弘治3年([[1557年]])正月に家康が[[築山殿]]と結婚したことを考えると、築山殿の親類である[[今川氏|今川家]]に取り入るため、一蔵は実子とされなかった可能性がある。
 
一般的な俗説として家康に庶長子がいたと語られているのみで、一次史料から確認することは一切できない人物であるため、著しく信憑性に乏しい。[[関ヶ原の戦い]]の後、[[徳川頼房]](家康の11十一男)に仕えた[[鈴木重朝]]と同一人物とされることがある。
 
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[[Category:鈴木氏|いちそう]]
[[Category:徳川家康]]
[[Category:戦国時代の人物 (日本)]]
[[Category:1556年生]]