「ヒトラー内閣」の版間の差分

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*[[オットー・マイスナー]](1937年 - 1945年)
 
== 参考:ヒトラーの遺書による内閣==
1945年、ヒトラーは自殺に先立って遺書をしたため、自らの後継者として[[カール・デーニッツ|デーニッツ]]海軍元帥を大統領に任命するとともに、デーニッツが率いるべき政府の閣僚をすべて指名した。ただし、こうした内容を盛り込んだヒトラーの遺書は3通作られて総統地下壕から外部(デーニッツ宛、[[中央軍集団]]司令官[[フェルディナント・シェルナー]]元帥宛、ミュンヘンのナチ党文書館宛)に送られたものの、いずれも移送中に隠匿されてしまい、全文が知られるには終戦後の調査を待たなければならなかった。したがって、この遺書の中で当時に公表され、一応は任命が発効したといえるのは、ベルリンの総統官邸地下壕にいたゲッベルスとナチ党官房長[[マルティン・ボルマン]]がデーニッツに電報で知らせた部分、すなわち大統領デーニッツ、首相ゲッベルス、ナチ党担当相ボルマン、外相ザイス=インクヴァルトの4名だけであった。さらに、大統領となったデーニッツはヒトラーの遺言による閣僚指名を黙殺し、自らの内閣として[[フレンスブルク政府]]を組織した。