「これより三役」の版間の差分

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'''これより三役'''(これよりさんやく)とは、[[大相撲]]の[[千秋楽]]における結びの3番の取組のことである。
 
== 三役揃い踏み概要 ==
大相撲の取組は、土俵入りを除くと淡々と取組が進んでいくが、千秋楽の最後の三番のみは、慣例上特別の扱いを受ける。
この3番を取る前には、[[呼出]]の呼び上げの後、[[柝]]の音を合図にまず東方力士3名が土俵に上がり、前に2人、後に1人の扇の形をかたどった三角形に並んで3人揃って[[四股]]を踏む儀式が行われる。次いで西方力士3名が土俵に上がり、前に1人、後に2人の逆扇の形をかたどった、東方と前後逆の三角形に並びで、3人揃って四股を踏む儀式が行われる。この儀式を「'''三役揃い踏み'''」という。
 
=== 三役とは進行 ===
通常取組進行中には、土俵下には次の二番をとる力士が控えているが、千秋楽の最後から四番目の取組の仕切り中に、花道から最後の二番を取る力士が同時に入場し、控えに三人ずつ待機する。通常、取組に勝った力士は力水を付けるために土俵下に待機するが、これより三役は三番を取る6人のみで進行するため、最後から四番目の取組の力士は両者ともにそのまま退場する。
大相撲における番付上の[[三役]]とは、[[大関]]・[[関脇]]・[[小結]]を指す。しかし、「これより三役」とは、あくまで最後3番の取組に出る力士を指すため[[横綱]]も登場し、現在まで休場した場合を除いて全て登場している。しかし、上位陣の人数や取組編成によっては、大関・関脇・小結が三役揃い踏みおよびこれより三役に出られない場合があるし、逆に[[平幕]]力士が出ることもある。
 
この3番を取る前には土俵が掃き清められた後、[[呼出]]が最初の取組の呼び上げの後、を行う。[[柝]]の音を合図にまず東方力士3名が土俵に上がり、前に2人、後に1人の扇の形をかたどった三角形に並んで3人揃って[[四股]]を踏む儀式が行われる後の二番を取る二人は控えに戻り(最初の力士はそのまま仕切に入る)、次いで西方力士3名が土俵に上がり、前に1人、後に2人の逆扇の形をかたどった、東方と前後逆の三角形に並びで、3人揃って四股を踏む儀式が行われ。やはり後の二番を取る二人は控えに戻り、最初の力士は仕切に入る。この一連の儀式を「'''三役揃い踏み'''」という。
なお、休場者が出て[[不戦勝 (相撲)|不戦勝]]が生じる場合でも、取組の順番を変更して必ず各3人を揃えて三役揃い踏みとこれより三役を行う。
 
以降の取組進行自体は通常時と変わらないが、三番に勝った力士には、懸賞金の熨斗袋に加えて弓矢に関するものが与えられる。[[行司]]は勝ち力士に対して「役相撲にかなう、○○(勝った力士の四股名)」(結びの一番を除く)と呼び上げる。
== 勝ち力士 ==
'''これより三役の3番に勝った力士には、弓矢に関するものが与えられる。'''
* 最初の取組に勝った力士には、「小結にかなう」として[[矢]]が与えられる。
* 2番目の取組に勝った力士には、「関脇にかなう」として[[弦 (弓)|弦]]が与えられる。
* 結びの取組に勝った力士には、「大関にかなう」として[[弓 (武器)|弓]]が与えられる。現在では弓を省いて、結びの取組に勝った力士に代わり、弓取りの作法を心得た弓取力士が弓を受け取り、[[弓取式]]という儀式を行う。よって、勝った力士が受け取るのは熨斗袋のみで、通常と変わらない
 
*[[巡業]]や[[引退相撲]]などの[[花相撲]]でのこれより三役では、懸賞が懸らないため、勝ち力士は矢・弦を単独で受け取り、結びの一番の後の弓取式は通常通り行う。[[昭和天皇]][[崩御]]直後の場所であった[[1989年]]1月場所と、[[大相撲八百長問題]]が発覚したために開催が中止された[[2011年]]3月場所の後に行われた2011年5月[[技量審査場所]]では懸賞は自粛されたため、矢・弦のみが与えられた。弓取式は行われている
'''[[行司]]は勝ち力士に対して「役相撲にかなう、○○(勝った力士の四股名)」(結びの一番を除く)と呼び上げ、勝った力士は行司から[[懸賞 (相撲)|懸賞]]と共に受け取る。'''
*[[巡業]]や[[引退相撲]]などの[[花相撲]]でのこれより三役では、懸賞が懸らないため、勝ち力士は矢・弦を単独で受け取り、結びの一番の後の弓取式は通常通り行う。
*[[昭和天皇]][[崩御]]直後の場所であった[[1989年]]1月場所と、[[大相撲八百長問題]]が発覚したために開催が中止された[[2011年]]3月場所の後に行われた2011年5月[[技量審査場所]]では懸賞は自粛されたため、矢・弦のみが与えられた。弓取式は行われている。
 
=== 勝ち選出力士 ===
== 出場の記録・備考 (2015年3月場所時点)==
大相撲における番付上の[[三役]]とは、[[大関]]・[[関脇]]・[[小結]]を指す。しかし、「これより三役」とは、あくまで最後3番の取組に出る力士を指すため[[横綱]]も登場し、現在まで休場した場合を除いて全て登場している。しかし、上位陣の人数や通常取組編成は、番付上位の力士を終盤順番に当てるうに編成されは、大関・関脇・小結が三役揃踏みおよびるため、「これより三役出られない場合は番付上位6人登場す。横綱・大関は合計で5名程度在位、逆に[[平幕]]力士が出ていることが多いため、関脇が二人とも登場すことは少ないし、小結はほとんど登場しない
*最多出場回数は[[魁皇博之|魁皇]]の65回。
 
*最多勝利は[[大鵬幸喜|大鵬]]と[[白鵬翔|白鵬]]の40勝。
逆に、取組編成の都合上、[[平幕]]力士が出ることもある。なお、休場者が出て[[不戦勝 (相撲)|不戦勝]]が生じる場合でも、取組の順番を変更して必ず各3人を揃えて三役揃い踏みとこれより三役を行う。
*最多敗戦は[[千代大海龍二|千代大海]]の35敗。
 
*大抵の場合は関脇以上の力士で行われるが、上位陣の休場などにより横綱・大関・三役同士の対戦が千秋楽に組めなくなった際には平幕が参加することがある。また、まれに平幕下位であっても好成績を残していれば参加することもあり、[[2006年]]1月場所では[[時津海正博|時津海]]が西前頭14枚目という史上最も低い地位での三役揃い踏みを経験した。また同年5月場所では、新入幕で西前頭11枚目だった[[把瑠都凱斗|把瑠都]]が初土俵から所要13場所目でこれより三役に登場し、年6場所制における史上最速記録を作った。新入幕での三役揃い踏み参加は[[1973年]]9月場所にて[[大錦一徹|大錦]]が記録して以来である。そのほか、[[蒼樹山秀樹]]・[[垣添徹]]・[[鶴竜力三郎]]・[[栃ノ心剛]]・[[隠岐の海歩]]・[[豪栄道豪太郎]]・[[安美錦竜児]]・[[玉鷲一朗]]などが平幕の立場で参加した事例が在る(蒼樹山は[[1998年]][[初場所]]に番付編成上に沿って、垣添は[[2010年]]初場所に千代大海龍二の引退で急遽出場、鶴竜は2010年[[名古屋場所]]に魁皇博之の休場で急遽出場、栃ノ心は[[2011年]][[技量審査場所]]に[[琴欧洲勝紀]]の休場によって急遽出場、隠岐の海は[[2011年]]名古屋場所で魁皇博之の引退で急遽出場、豪栄道は2011年[[秋場所]]で琴欧洲勝紀の休場で急遽出場、安美錦は[[2012年]]秋場所に琴欧洲勝紀と[[琴奨菊和弘]]と[[把瑠都凱斗]]が相次いで休場したことによって急遽出場、玉鷲は[[2014年]]初場所に大関の[[稀勢の里寛]]の休場により、取り組み順の組み替えで急遽参加することとなった)。最高位が平幕の力士のなかでは、[[若常陸恒吉]]と[[大蛇山酉之助]]が、2回三役そろい踏みを経験している。
== 記録==
*2015年3月現在
**最多出場回数[[魁皇博之|魁皇]]の65(65
**最多勝利数:[[大鵬幸喜|大鵬]][[白鵬翔|白鵬]]の40(40
**最多敗戦数:[[千代大海龍二|千代大海]]の35(35
**最低地位からの登場:[[時津海正博]](2006年1月場所、西前頭14枚目)
**初土俵からの最短初登場:[[把瑠都凱斗]](2006年5月場所、13場所)
 
== 関連項目 ==