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== 来歴 ==
=== Feel Like dance - Love again (1995-1997) ===
[[1995年]][[8月]]、[[小室哲哉]]が主宰するイベント「EUROGROOVE NIGHT」内で開催されたオーディションに山田桂子が出場したことが結成のきっかけとなった。「EUROGROOVE NIGHT」にはハーフのMCとして[[ANISS]]と[[マーク・パンサー]]が参加しており、それをきっかけに、まずはマークと山田によりユニット「Orange」が作られ、小室がそれに参加し山田はKEIKOに改名、ユニット名は地球を意味するglobeとなった。当初は[[ZARD]]のようにメディアに顔を出さないシークレット・アーティストのような形態を採っており、デビューシングルの[[Feel Like dance]]では当初プロモ[[ミュションジック・ビデオ|PV]]当初CG映像のみで、3rdシングルの[[SWEET PAIN]]に至っては製作すらしないという、[[小室ファミリー]]としては異例のプロモーションビデオ自体を製作しないという徹底振りであった。
 
[[1995年]][[8月9日]]1stシングル「[[Feel Like dance]]」(オリコン初登場3位)でデビュー。「[[Joy to the love (globe)]]」(オリコン初登場1位)、「[[SWEET PAIN]]」(オリコン初登場2位)とデビュー間もなく、いずれも[[ミリオンセラー]]寸前となるヒット作を連発。知名度が爆発的に上昇するに至ってglobeはテレビや音楽番組への出演を解禁。同時に、「Feel Like danceのPVをglobeの歌唱映像に変更するなど、次第に露出度を増やしていくことになった。
 
[[1996年]][[1月1日]]発売の4thシングル「[[DEPARTURES]]」は売上230万枚の大ヒットとなり、globeの代表曲にもなっている。同曲は[[オリコンチャート|オリコン]]年間シングルチャート2位、[[プラネット]]と[[COUNT DOWN TV|CDTV]]の年間シングルチャート1位を記録した。
[[3月31日]]発売の1stアルバム『[[globe (アルバム)|globe]]』は売上400万枚以上のヒットとなった(翌年4月、出荷枚数455万枚の当時の日本記録を達成)。このアルバムは、同年の[[第38回日本レコード大賞]]アルバム賞に選ばれた。その後、[[GLAY]]と[[B'z]]の[[ベスト・アルバム]]がこの記録を後を追うように更新するが、当時のavex依田会長は「オリジナルで超えてみろ」と発言したとされる。[[8月28日]]発売シングル「[[Is this love]]」の[[ミュージック・ビデオ|PV]]はアメリカ・[[アリゾナ州]]で撮影され総額1億円という破格の撮影費が投じられた。
9月『Private Tour house of globe』。ロードムービー撮影という名目のglobe初のツアーを敢行。「Is this love」のCD購入者から抽選で招待してコンサートが行われた。
 
[[1997年]][[3月12日]]、2ndアルバム『[[FACES PLACES (アルバム)|FACES PLACES]]』を発売。その後、前代未聞の[[大阪ドーム|大阪]]、[[福岡ドーム|福岡]]、[[ナゴヤドーム|名古屋]]、[[東京ドーム|東京]]4大ドームツアー「globe@4_domes」を敢行。5月には初の日本国外でのツアー「TK PAN-PACIFIC TOUR '97 IN TAIPEI」開催。[[安室奈美恵]]、[[TRF]]とともに台湾・[[台北]]を訪れ、TVテレビ出演やライブを行った。
 
=== globe 4 SINGLES - CRUISE RECORD (1998-1999) ===