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'''山川 菊栄'''('''山川 菊榮'''、やまかわ きくえ、[[
旧姓は青山。[[東京府]]生まれ。[[山川均]]の妻。日本の婦人運動に初めて批評的、科学的視点を持ち込んだ。多くの評論集は、明晰な分析と鋭い批評眼を示し、日本における[[女性解放運動]]の思想的原点と評される
==経歴==
* 父は森田龍之助、母は[[水戸藩|水戸藩士]]で[[弘道館]]教授頭取代理・[[彰考館]]権総裁を務めた儒学者・史学者の[[青山延寿]]の娘・千世で、菊栄自身は青山姓を名乗った。弘道館の初代教授頭取を務めた儒学者・[[青山延于]]は母方の曾祖父にあたる。大叔父(大叔母の夫)に[[水戸藩]]士[[吉成勇太郎]]がいる。
* [[東京都立竹早高等学校|東京府立二女]]卒業。
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* [[1974年]](昭和49年)『覚書 幕末の水戸藩』で[[大佛次郎賞]]受賞。
* [[1980年]](昭和55年) 死去
* [[1981年]](昭和56年) 業績を記念して、[[山川菊栄賞]]設立。
==著作==
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