「ラドネジのセルギイ」の版間の差分

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'''ラドネジの聖セルギイ'''(ラドネジのせいセルギイ;{{lang-ru|'''Сергий Радонежский'''}}、[[ラテン文字化|ラテン文字転写]]: ''{{lang|ru-Latn|Sergii Radonezhskii}}''、当初の洗礼名は'''ヴァルフォロメイ'''、{{lang-ru|'''Варфоломей'''}}、ラテン文字転写: ''{{lang|ru-Latn|Varfolomei}}''、[[1321年]]/[[1322年]]頃 – [[1392年]][[9月25日]])は、[[正教会]]・[[カトリック教会]]の[[聖人]]。[[至聖三者聖セルギイ大修道院]]の創設者。[[日本正教会]]では'''ラドネジの[[克肖者]]聖セルギイ'''(ラドネジのこくしょうしゃせいセルギイ)と呼ばれる。正教会全体でも著名であるが、特に[[ロシア正教会]]で崇敬される。[[日本のカトリック教会]]では'''聖セルジオ(ラドネーシュ)'''と呼ばれる。<ref>{{cite web|title=Laudate 聖人カレンダー|url=http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=092501|publisher=聖パウロ女子修道会|accessdate=30 September 2015}}</ref>
 
[[ファイル:Vasnetsov sergij radonezh.jpg|thumb|150px|right|ラドネジの[[克肖者]]セルギイの[[イコン]](アブラムツェヴォ教会 ([[:en:Abramtsevo Colony|Abramtsevo Colony]])所蔵。[[ヴィクトル・ヴァスネツォフ]]画、[[1882年]]]]
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現在も彼の遺体は至聖三者聖セルギイ修道院の[[至聖三者大聖堂]]に収められており、多くの信者が崇敬に訪れる。普段はガラスで覆った棺に納められており、早朝のみ蓋が揚げられて直に彼の不朽体に触れる(接吻する)ことができる。
 
== 脚注 ==
<references />
 
== 外部リンク ==
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[[Category:ロシア史の人物]]
[[Category:正教会の聖人|せるきい]]
[[Category:カトリック教会の聖人]]
[[Category:ロシアの正教徒]]
[[Category:1320年代生]]