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小説『[[三国志演義]]』での夏侯惇は、軽率なところがあるものの武勇に秀でた猛将として描かれている。例えば、董卓配下の徐栄を突き殺し、呂布配下の将軍である高順を一騎打ちで追い払うといった活躍を見せている。
 
一般的に、夏侯惇というと隻眼の将軍といった印象があるが、この夏侯惇像を一層強くする挿話の舞台となるのは、その後の呂布との戦いである。この戦いの最中、呂布の将を追撃する夏侯惇を陣中から確認した敵将[[曹性]]は、矢を放ち夏侯惇の左目を射抜く。この時、夏侯惇は刺さった矢を眼球諸共引き抜き、「父之精母之血不可棄也(父の精、母の血、棄つるべからざるなり)」と叫びこれを喰らい、その後に左目を射抜いた曹性を、次の矢を番える暇もなく顔を突き刺し、討取るというものである。NHK放送の『[[人形劇 三国志]]』では潼関の戦いで登場し、小舟を乗せた曹操をかばって受けた馬超軍の流れ矢で目を失ったということになっている。[[孔融]]が[[禰衡]]を曹操に推挙した際、禰衡は曹操を筆頭に臣下の言行を様々に言い連ねているが、夏侯惇は「五体満足」と皮肉られる、という挿話も演義には見られる。
 
新野の劉備討伐の為に、10万の兵の大将として侵攻した際、敵先鋒の将軍[[趙雲]]を追軍し、博望坡まで深追いしてしまう。副将の李典は「博望坡は火計をしかけるのに優位な地形だ」と勧告するも、[[諸葛亮]]の火計にかかり潰走、大敗してしまう([[博望坡の戦い]])。部下の兵を大量に死なせた責任として自らの死罪を覚悟し縄で体を縛りつけ曹操と対面したが、曹操はこれを赦す。