「第三次マイソール戦争」の版間の差分

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離脱後、パラシュラーム・バーウはマイソール王国の領土である[[ビダヌール]]地方を狙い、イギリスの協力もあって、[[ホーリー・オノレ]]と[[シモガ]]を獲得していた([[ホーリー・オノレ占領]]、[[シモガの戦い]])。だが、ティプー・スルターンがビダヌールに進撃してきたため、彼は同盟軍に残り続ける結果となった。
 
一方、チャールズ・コーンウォリスの弟ウィリアム・コーンウォリスはマドラスの補給ラインを確保するため、タラッセリーの海岸でフランス軍と戦った(タラッセリーの戦い)。その後、彼はマイソール王国との戦いに従事し、11月に[[ナンディードゥルガ]]を([[ナンディードゥルガ包囲]])、12月に[[サヴァンドゥルガ]]を([[サヴァンドゥルガ包囲戦]])でそれぞれ素早く落とした<ref name=Wickwire161>Wickwire、p.161</ref>。彼は莫大な物資の供給を十分に調達させ、自身のイギリス軍と同盟国の支払いを払うよう指示したうえで、マイソール軍にスパイを放ち、戦力と士気を密告させた<ref name=Wickwire161/>。
 
一方、兄のコーンウォリスは同盟国との関係に苦慮していた<ref name=Wickwire162>Wickwire, p.162</ref>。