「宇野重昭」の版間の差分

編集の要約なし
== 業績 ==
=== [[太平洋戦争への道]] ===
* 大学院の博士課程から卒業後の数年間に渡り、東京大学の東洋政治外交史コースの責任者であった[[植田捷雄]]のもとで[[坂野正高]]、[[衛藤瀋吉]]、[[関寛治]]らとの研究会(放談会と称したが外国人が多数出席しての学問的交流会)にて、東洋政治外交史および太平洋戦争の実証研究を行った。その後、[[細谷千博]]、関寛治、[[緒方貞子]]、[[斉藤孝 (歴史学者)|斉藤孝]]らとも共同研究を進め、極東国際軍事裁判の分析が事実とずれているということから、事実を押さえ直し、太平洋戦争に至るプロセスの実証研究による再検討を行った。<ref>平野・土田・村田・石編『インタビュー 戦後日本の中国研究』(平凡社、2011年)45頁</ref>太平洋戦争研究は、当時公開されたばかりの公文書、中国関係の未開拓資料やビラに至る細かい資料も発掘して資料考証し、解釈の問題点をたたきあう徹底した[[社会科学]]的アプローチがとられ、[[日本国際政治学会]]から1962 - 63年に『[[太平洋戦争への道]]』(朝日新聞社)として刊行、著名な歴史研究書として結実している。
 
=== 中国共産党史・毛沢東研究 ===
匿名利用者