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{{Islam}}
'''スンナ派'''([[アラビア語]]:{{lang|ar|'''(أهل السنة (والجماعة'''}} 、[[ラテン文字転写]]:Ahl as-Sunnah (wa’l-Jamā‘ah))、あるいは'''スンニ派'''(日本では報道などでこちらが一般的に知られる)は、[[イスラム教]]([[イスラーム]])の二大[[宗派]]のひとつとされる。他のひとつは[[シーア派]]である。イスラームの各宗派間では、最大の勢力、多数派を形成する。
 
 
== 名称 ==
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== 四法源 ==
スンナ派は、イマームの指導を重視するシーア派に対して、預言者の言行([[ハディース]])を通じてスンナの解釈を行うことで預言者の意思を体現しようとする。さらに[[イスラーム法学者]]の議論を通じて、コーラン([[クルアーン]])、慣行(スンナ)、合意([[イジュマー]])、類推([[キヤース]])の四つの方法を四法源として重視するに至った。[[イスラム共同体]]([[ウンマ (イスラム)|ウンマ]])の間の「合意」を重視する点がシーア派と比較した場合のスンナ派の大きな特徴である。四法源から導き出されたスンナ派の[[イスラム法学]]は法源の扱い方の違い、解釈の違いによってさらに四つの[[イスラム法学派]]([[ハナフィー学派]]・[[シャーフィイー学派]]・[[マーリク学派]]・[[ハンバル学派]])に分かれている。スンナ派の信徒はいずれかの法学派に属し、それによって生活を律する。また、神学的には[[アシュアリー派]]と[[マートゥリーディー派]]で述べられる信仰箇条をイスラームの正統的信条とする(ただし、ワッハーブ派ではこの二派は異端とされる)。
 
== 王朝 ==
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=== 復古改革運動 ===
しかし、歴史的にスンナ派内部では、自らの多様性に対し、預言者の時代を見習い(見直し)、“退廃した”社会をただそう、より“正しい”社会になろう、という復古改革運動がしばしば見られる。
特に[[近代]]に至って[[サウジアラビア]]で[[ワッハーブ派]]の改革運動が生まれ、その影響を受けてコーラン・スンナの規定を厳格に適用することで多様性・土俗性を廃そうとする[[イスラム原理主義]]と通称される初期[[イスラーム復古運動]]へとスンナ派[[ムスリム]]の一部は現在も進みつつある。
特に近代のスンナ派の復古運動は時に[[反帝国主義]]・[[反共産主義]]・[[反ユダヤ主義]]・[[反米]]などの意識と結びつき、無視できない潮流となっている。