「不思議のメダイ」の版間の差分

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同年[[11月27日]]、カトリーヌは夕方の黙想の時間に聖母マリアが再び現れたと報告した。聖母マリアは楕円形の枠の中で地上に立ち、様々な色の指輪をしており、ほとんど指輪からは輝く光線が地上に降り注いでいた。楕円形の枠のへりには ''"Ô Marie, conçue sans péché, priez pour nous qui avons recours à vous."''([[無原罪の御宿り|原罪無くして宿り給いし聖マリア]]、御身に寄り頼み奉るわれらのために祈り給え)という文字があり、そして楕円形の枠は裏返り、12の星の輪と十字架の上に乗る大きなMの文字、茨に囲まれた王冠を冠した[[イエス・キリスト]]の心臓([[聖心|至聖なるイエスのみ心]])と、王冠を冠し剣の刺さった聖母マリアの心臓(聖マリアの汚れなきみ心)が見えた。カトリーヌはまた、聖母マリアが「このイメージを聴罪[[司祭]]に伝え、彼らにそのメダイを身に着けるように言い『それを身につける人は大きな恵みを受けるでしょう』と話しなさい」と言うのを聞いた<ref name=glass>[http://www.newadvent.org/cathen/10115a.htm Glass, Joseph. "Miraculous Medal." The Catholic Encyclopedia. Vol. 10. New York: Robert Appleton Company, 1911. 20 Dec. 2012]</ref>。
 
カトリーヌは言われたとおり実行し、司祭は2年間の調査およびカトリーヌの日々の振る舞いについての観察の後、その身元を明かさずにパリの[[大司教]]に情報を持っていった。そして要請は受け入れられてメダイを作る許可が大司教から与えられ、聖母マリアがカトリーヌに示したイメージをもとに金細工師のアドリアン・ヴァシェットによって作り出された<ref>McMenamin, M. 2010. Precisely dated early versions of the Miraculous Medal. ''Numismatics International Bulletin'', v. 45, nos. 3/4, p. 43-48.</ref><ref>{{cite book |title=The museum of the mind: art and memory in world cultures|author=Mack, John|publisher=British Museum|year=2003}}</ref> 。それ以後、このメダイを身につけ聖母に取り次ぎを願う人々に、いろいろな奇跡の恵みが与えられたため、いつとはなしに「不思議のメダイ」と呼ばれるようになった<ref>[http://www.pauline.or.jp/chripedia/mame_husigimedal.php キリスト教マメ知識 奇跡不思議のメダイ] [[女子パウロ会]]</ref>。
 
奇跡不思議のメダイに関しての多くの著しい出来事の中の一つは、[[ストラスブール]]の{{仮リンク|マリー=アルフォンス・ラティスボンヌ|fr|Marie-Alphonse Ratisbonne}}の回心である。ラティスボンヌは友人に対し教会に入ることはないと宣言していた。しかし、友人の強い勧めにより彼は不思議のメダイをつけることにしぶしぶ同意し、[[ローマ]]の{{仮リンク|サンタンドレア・デッレ・フラッテ教会|It|Sant'Andrea delle Fratte}}に入ると、奇跡不思議のメダイが象徴している姿の聖母マリアが彼の目の前に現れ、彼は速やかに回心した<ref name=glass/>。この時に出現した聖母を「[[シオンの聖母]]」といい、この出現も[[教皇庁]]は奇蹟として記録している。
 
この聖母の立像を鋳造した1,500個のメダイが愛徳姉妹会の手によって人々に配布された当時、手渡された人々はそのカトリーヌへの聖母の御出現その他の「メダイが鋳造された理由や由来」を何も知らされぬままであった。配布を受けた人々からは当時流行していたコレラ・狂犬病等の快癒が報告され、無神論者たちの改心も伴い「奇跡不思議のメダイ」としていつしか呼ばれ、その名が巷に流布することとなった。
奇跡不思議のメダイ」鋳造の経緯や、配布される理由などがカトリーヌの聴罪司祭アラデル司祭によって匿名で公表されたのはメダイ鋳造後、2年たってからである
<ref>聖母の出現 近代フォークカトリシズム考 関一敏 日本エディタースクール出版部 ISBN4-88888-200-2 c3022 </ref>。