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[[1877年]]、[[19世紀]]におけるアメリカの二大発明家でもある[[アレクサンダー・グラハム・ベル|グラハム・ベル]]が興した[[ベル電話会社]]が前身であり、[[1885年]]に世界初の長距離電話会社として発足。社長となったセエドア・ニュートン・ヴェイルは、「[[垂直統合]]」と「[[水平統合]]」と呼ばれる研究開発([[ベル研究所]])から機材製造([[ウェスタン・エレクトリック]])、市内交換から長距離交換までの独占を展開。ネットワーク経済学における[[ボトルネック独占]]を見事に現実のものとした。
 
1909年に[[ウエスタンユニオン]]株を買収。[[20世紀]]初頭、AT&Tが当時の連邦政府と折衝した結果、キングズベリー協定により、「規制下の独占」と言われる事業の独占権を認められるようになったものの、[[1970年代]]に始まる反独占訴訟(United States v. AT&T, 552 F. Supp. 131 (D.D.C. 1982))の結果、収束した。
 
[[1984年]][[1月1日]]、AT&Tは基本的に長距離交換部門だけを持つ電話会社となり、それ以外の事業は会社分割された。これにより、地域電話部門は[[地域ベル電話会社]]8社([[アメリテック]]、[[ベル・アトランティック]]、[[ベルサウス]]、[[ナイネックス]]、[[パシフィック・テレシス]]、[[サウスウェスタン・ベル]]、[[USウエスト]])通称:ベビーベル(Bebybell)へと分離された。また、ベル研究所も、AT&Tの機材製造・研究開発子会社、AT&Tテクノロジーズ(旧[[ウェスタン・エレクトリック]])の傘下に置かれ、AT&T本体から分離された。