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冷戦での両陣営の対立の境界である[[ヨーロッパ]]においては、ソビエト連邦を盟主とする'''共産主義陣営'''が[[東ヨーロッパ]]に集まっていたことから「'''[[東側諸国|東側]]'''」、対するアメリカ合衆国を盟主とした'''資本主義陣営'''が[[西ヨーロッパ]]に集まっていたことから「'''[[西側諸国|西側]]'''」と呼んで対峙した。その対立は軍事、外交、経済だけでなく、[[宇宙開発]]や[[航空]]技術、文化、スポーツなどにも大きな影響を与えた。又、冷戦の対立構造の中で西ヨーロッパは統合が進み、[[欧州共同体]]の結成へ向かった。[[ヤルタ会談]]から始まって[[マルタ会談]]で終わったため、「'''ヤルタからマルタへ'''」ということも言われる。
 
ヨーロッパのみならず、[[アジア]]、[[中東]]、[[ラテンアメリカ|南アメリカ]]などでも、それぞれの支援する機構や同盟が生まれ、世界を二分した。この二つの陣営の間は、制限されているが為に経済的、人的な情報の交流が少なく、冷戦勃発当時のイギリス首相[[ウィンストン・チャーチル]]は、「[[鉄のカーテン]]」と表現した。ちなみにアフリカは西側の植民地が多いため西側の動きも見られた。
 
このアメリカ陣営とソ連陣営のどちらにも与しない国家([[開発途上国]])は「'''[[第三世界]]'''」と呼ばれ、それぞれの陣営の思惑の中で翻弄された。しかし、こうした両陣営の思惑を逆手に取り、両陣営を天秤に乗せる事で多額の援助を引き出す「援助外交」も活発に行なわれた。又、この米ソ両陣営の対立構造を「大国の[[覇権主義]]」と否定した国々は、[[インド]]などを中心に[[非同盟主義]]を主張し、第三世界の連帯を図る動きもあった(といっても有名無実である国も多かった)。尚、経済発展が進んだ開発途上国が「'''第三世界'''」と呼ばれ、経済発展が遅れている開発途上国は「'''[[第四世界]]'''」と呼ばれる事もある。