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*深夜枠ということもあって[[下ネタ|ピンクネタ]]も多く、過去のクリスマススペシャルの時には局アナが[[体操服]]姿に[[ブルマー]]を履き、[[官能小説]]を朗読するという企画もあった。2004年4月に「KEN-JIN DX」にリニューアルした際、そういったいわゆる「エロ企画」が完全撤廃された(これについては、[[岡元あつこ]]がゲスト出演した際に横山が公言していた)。にもかかわらず1年で終了した背景には、かねてから視聴者には支持されても中国放送の上層部にはあまり良い顔をされていなかったことがあったらしい(横山の著書『別冊ヨコヤマ』による)。
*2010年7月21日に放送された『[[DON!]]』に有吉弘行がゲスト出演し、『KEN-JIN』時代の有吉の映像が映された。これを見た司会の[[中山秀征]]から「俺も出た。あれは酷い番組だった」と言われた。さらにこの放送を見た横山は、さっそくRCCの編成に行き、「秋の特番で復活できませんか?」とお願いすると一蹴されたという<ref>[[平成ラヂオバラエティごぜん様さま]]、2010年7月22日放送</ref>。広島ローカルでは一番の視聴率を誇っていたが、打ち切りになった理由は、はっきり聞かされていないという。
*有吉は、再ブレイク前の数年間はまったく仕事がなかったと話すことが多いが、実はこの『KEN-JIN』だけは長くレギュラー出演していた<ref>[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2329?page=2 落ち目の有吉弘行をあえてレギュラーに 再ブレークに導いた広島県メディア]</ref><ref name=sponichi160208 />。当時の有吉のギャラは「1本3万円」で、ローカルの深夜番組としても異例の低額だった<ref name=sponichi160208 />。『KEN-JIN』は同じ事務所の劇団ひとりもブレイク前にレギュラー出演し「KEN-JIN BAND」として3人で『うたばん』にも出演したことでも知られるが、有吉は売れない時代は[[上島竜兵]]に世話になったとしか言わないため、横山は有吉に「上島さんと横山さんに世話になったと言え」というと有吉は「僕的には局アナに世話になったとは恥ずかしくて言えません」と言われたという<ref>平成ラヂオバラエティごぜん様さま、2012年4月5日放送。</ref><ref>日本テレビ『[[誰だって波瀾爆笑]]』2009年9月20日放送分(広島県ではHTVで放送)に有吉がゲスト出演した際には、横山についても言及し、横山からの手紙が番組中で紹介されている。</ref>。
*とはいえ有吉は横山を含めた当時の番組スタッフに恩義を感じており、2015年からRCCで不定期に放送されている特番『有吉カンパニー』では、有吉の要望で『KEN-JIN』を手がけた当時のスタッフが再結集して制作を手がけている<ref name=sponichi160208 />。同番組では『KEN-JIN』の過去のVTRがインサートされることも多い。
 
==脚注==