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== 概要 ==
[[ファイル:2012 GP2 Malaysian round Sprint race opening lap.jpg|thumb|right|320px|2012年マレーシアラウンド]]
国際F3000が[[国際自動車連盟]](FIA)の管轄下にあった国際F3000に対し、GP2は[[フォーミュラ1|F1]]の興業面の主導者である[[バーニー・エクレストン]]と[[ルノーF1|ルノー]]のチーム代表だった[[フラビオ・ブリアトーレ]]の肝いりで創設された<ref>なお、FIAは2009年にGP2と競合する[[フォーミュラ2]](FIA-F2)を復活させたが成功せず、2012年に終了している。</ref>。2008年には拡張版の[[GP2アジアシリーズ]]がスタートし(2011年まで)、2010年には下位カテゴリ([[フォーミュラ3|F3]]相当)となる[[GP3]]が創設された。さらに、FIAとエクレストンの政治的駆け引きにおいて、F1に対抗する[[GP1]]構想が噂になったこともある<ref>"[http://as-web.jp/news/info.php?c_id=1&no=21098 バーニー・エクレストン、“GP1"の商標を持ってFOTAサイドへ着く!?]". オートスポーツweb. (2009年7月13日) 2016年2月21日閲覧。</ref><ref>"[http://ja.espnf1.com/f1/motorsport/story/79025.html ブリアトーレがGP1シリーズの規定を策定?]". ESPN F1. (2012年5月18日) 2016年2月21日閲覧。</ref>。なお、FIAはGP2と競合する[[フォーミュラ2]](FIA-F2)を2009年に復活させたが成功せず、2012年に終了している
 
シリーズGP2の位置付けはF3000と同じく、トップフォーミュラであるF1の直下にあたる。国際F3000がF1へのステップアップカテゴリとして十分機能しなくなっていたため、GP2はF1との接点が強調された。GP2の各ラウンドは基本的にF1ヨーロッパラウンドのサポートイベントとして開催され、F1と同じサーキットをF1の感覚に近いマシン、F1と同じメーカーのタイヤで走行するので、F1関係者の関心を得られるというメリットがある。GP2のエントランスはF1チームや自動車メーカーと提携し、育成ドライバーを受け入れるジュニアチームとして活用されている。
 
シリーズ開始後しばらくはシリーズチャンピオンをはじめ出身ドライバーがF1でも高い結果を残し、より一層F1昇格への[[登竜門]]として注目された。とくに2006年王者の[[ルイス・ハミルトン]]は{{f1|2007}}にF1デビューすると{{f1|2008}}にはF1王者に輝き、「ヨーロッパF2や国際F3000の王者はF1王者になれない」という長年のジンクスを破った。