「根本康広」の版間の差分

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(当時の障害にグレード制は導入されていない)
 
1977年に騎手デビュー。当初は障害競走で活躍し、1981年までに[[バローネターフ]]、ナカミショウグンといった騎乗馬で[[中山大障害]]3勝を挙げる。1985年秋の天皇賞において[[ギャロップダイナ]]に騎乗し、「皇帝」と称されていた本命馬[[シンボリルドルフ]]を破り、[[競馬の競走格付け|GI競走]]初制覇。1986年には[[メリーナイス]]で[[朝日杯フューチュリティステークス|朝日杯3歳ステークス]]を、翌1987年には[[東京優駿|東京優駿(日本ダービー)]]を制した。1997年に騎手を引退し、1998年より調教師として美浦トレーニングセンターに厩舎開業。
 
<!--以下、出典を捜索中であり、見つかるまでCOします→20162016年3月より厩舎所属騎手が3人となる予定であるった。これはフリーになる騎手が多く出ている中で、厩舎所属騎手が少なくなっている状況および厩舎所属騎手は多くても2人までが一般的である近年では、3人およびそれ以上の騎手が厩舎に所属するのは極めて異例の部類となっている。-->
 
== 経歴 ==
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