「タラワの戦い」の版間の差分

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まず[[連合艦隊]]は、上陸のあった21日に、[[ポンペイ島]]にいた陸軍[[海上機動旅団#甲支隊について|甲支隊]]の派遣を決めた。軽巡3隻(那珂、五十鈴、長良)、駆逐艦2隻(雷、響)、輸送船2隻からなる輸送部隊と、重巡4隻(鳥海、鈴谷、熊野、筑摩)、軽巡1隻(能代)、駆逐艦5隻(早波、藤波、初月、[[野分 (陽炎型駆逐艦)|野分]]、[[舞風 (駆逐艦)|舞風]])からなる邀撃部隊を編成し、26日までに[[マーシャル諸島]]の[[クェゼリン]]に進出させた<ref>[[#第八戦隊日誌(7)]]p.40『(四)十一月下旬ヨリ十二月上旬迄遊撃部隊〔4S(鳥海) 7S(鈴谷熊野)8S(筑摩)2sd(能代32dg(玉波欠))初月4dg(野分舞風)〕ハ「マーシャル」ニ進出、内南洋方面部隊ニ編入セラル』</ref>。しかし、タラワからの通信が22日の午前中から途絶し続けたために、甲支隊の派遣は中止された。
 
つぎに連合艦隊は[[潜水艦]]9隻をギルバート海域に進出させ、アメリカ海軍機動部隊の攻撃及び索敵を行った。その結果、24日に[[伊号第一七五潜水艦|伊175潜]]([[田畑直]]艦長)がマキン沖で[[護衛空母]][[リスカム・ベイ (護衛空母)|リスカム・ベイ]](USS Liscome Bay, CVE-56)の撃沈に成功したが、日本軍は引き換えに[[伊号第一九潜水艦|伊19]]など潜水艦6隻を失った。
 
また、マーシャル諸島の[[クェゼリン環礁|ルオット]]から出撃した海軍航空隊による反撃も行われた。21日にはギルバート沖のアメリカ機動部隊を目標とした[[ギルバート諸島沖航空戦]]が展開され、軽空母[[インディペンデンス (CVL-22)|インディペンデンス]](USS Independence, CV/CVL-22)を大破させた。22日には[[一式陸上攻撃機|陸攻]]9機、[[戦闘機]]39機が発進したが、天候不良のため途中で引き返した。この攻撃隊は陸攻の[[魚雷]]を[[爆弾]]に積み替えて、タラワ上陸部隊の昼間攻撃に再び発進したが、これも天候不良のため途中で引き返すこととなった。