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Waffle001 (会話 | 投稿記録)
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また一般には、責任は[[原因]]とは区別される概念である。BがAの原因ということだけからは、BがAの責任を担うべきことが結論されることはない。
 
自分の仕事や行為についての責任を果たそうとする気持ちを「責任感」と言う<ref>大辞泉「責任感」</ref>。責任感がないことや、責任を自覚しないことを「無責任」と言う<ref>大辞泉「無責任」。(なお、責任が無いことも「無責任」と言う。(出典:大辞泉「無責任」)</ref>。責任を果たそうとしない状態が集団的・組織的に作り出されていることを「無責任体制」などと言う。
自分が負うべき責めを他の者に負わせることや、責任を他になすりつけることを「責任転嫁(せきにんてんか)」と言う<ref>大辞泉「責任転嫁」</ref>。なお、一般に日本語では、他者から期待されている反応・行動をその期待どおりに実行することを「責任を果たす」と言い、反対に期待されている反応・行動を実行しないことで結果として事後的に罰を受けたり、指揮権や地位などを手放すことを「責任をとる」と言う。誰かが「責任をとった」と表現される状態は、基本的に、「本来なら果たすべき責任を果たさなかった」ということを意味している。<ref group="注">例えば、遠足で生徒の引率者(引率の責任がある者)が生徒たちを適切に引率し、遠足の目的を果たし、かつ無事に生徒らを家に帰宅させれば「責任を果たした」ということになる。反対に、たとえば途中で事故などに巻き込まれそうな事態になったのに、事故を回避するための反応・行動をとらなかった場合は「(引率者は)責任を果たさなかった」と表現される。また、その結果、引率者が解雇されたり、賠償したりする状態などに陥った場合に「責任を取った」と言う。</ref>
 
==歴史==