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Fumiosawa (会話 | 投稿記録)
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これが[[1960年代]]に入ると、[[公民権運動]]が高まると同時に西部劇の衰退を招くこととなった。[[1960年]][[ジョン・F・ケネディ]]が大統領に就任し人種差別の撤廃に強い姿勢で臨んで、もはや従来の製作コードが通用しなくなり製作本数も激減した。そして製作費の高騰もあってイタリアなどでいわゆる[[マカロニ・ウェスタン]]と呼ばれる多くの西部劇が作られたが、その影響を受けるなかで逆にアクションが激しい描写となり、暴力場面も過激になって、[[サム・ペキンパー]]監督「[[ワイルドバンチ]]」のように主人公の男たちがやたらと人殺しに走るようになって、善悪の境目が無くなり従来からの西部劇ファンが離れていく結果を招いた。川本三郎は「西部劇がダメになったのはマカロニ・ウエスタンがきっかけで、過去の西部劇と差別化するために徹底的に詩情を排して、ガンプレイに特化した乾いた絵を作った。それがアメリカ本国の西部劇までバンバンとただ撃ち合えばいい映画になり、この詩情を失くしたことが西部劇の魅力を失くしたことにつながった」と述べている<ref>別冊暮らしの手帖「シネマの手帖~250本の名作ガイド~」』20P参照 川本三郎  2009年12月発行 暮しの手帖社</ref>。
 
それまでの単純な善悪二元論では立ち行かなくなり、1950年代初頭には年間100本ほどの製作本数が四半世紀後の1970年代後半にはわずか1ケタの製作本数に激減していく<ref>「ユリイカ」2010年5月号 90P クリント・イーストウッド特集 青土社 2010年3月発行</ref>。
 
やがてニューシネマの台頭でジョージ・ロイ・ヒル監督[[ポール・ニューマン]]と[[ロバート・レッドフォード]]主演の「[[明日に向って撃て!]]」のような秀作も生まれ、またアーサー・ペン監督「[[小さな巨人 (映画)|小さな巨人]]」とラルフ・ネルソン監督「[[ソルジャー・ブルー (映画)|ソルジャー・ブルー]]」が1970年に公開され、「[[ソルジャー・ブルー (映画)|ソルジャー・ブルー]]」は1864年の[[サンドクリークの虐殺]]を基に、被害者である先住民の立場に立って虐殺事件を描き、当時話題になった作品である。
 
60年代から70年代になるとマカロニ・ウエスタンの影響を受けながらも、バート・ケネディ監督の「続・荒野の七人」「夕陽に立つ保安官」、リチャード・ブルックス監督の「プロフェッショナル」「弾丸を噛め」、ドン・シーゲル監督で[[クリント・イーストウッド]]主演の「真昼の死闘」と[[ジョン・ウェイン]]主演の「[[ラスト・シューティスト]]」、ラルフ・ネルソン監督の「砦の29人」、[[マーク・ライデル]]監督で[[ジョン・ウェイン]]主演の「11人のカウボーイ」、ロバート・シオドマク監督の「カスター将軍」、マイケル・ウイナー監督で[[バート・ランカスター]]主演の「追跡者」、[[サム・ペキンパー]]監督で[[チャールトン・ヘストン]]と[[ジェームズ・コバーン]]主演「ダンディー少佐」、[[ウィリアム・ホールデン]]と[[ロバート・ライアン]]主演「ワイルド・バンチ」、[[アンドリュー・V・マクラグレン]]監督で[[チャールトン・ヘストン]]主演の「[[大いなる決闘]]」、ベテランの[[ハワード・ホークス]]監督の「[[エル・ドラド_(1966年の映画)|エル・ドラド]]」「[[リオ・ロボ]]」、[[ジョン・スタージェス]]監督でワイアット・アープの決闘後を描いた[[ジェームズ・ガーナー]]主演の「墓石と決闘」、[[ヘンリー・ハサウェイ]]監督で[[スティーブ・マックイーン]]主演「ネバダ・スミス」と[[ジョン・ウェイン]]主演の「[[エルダー兄弟]]」そして「[[勇気ある追跡]]」などの西部劇が製作された。
 
1970年代以後になると、[[クリント・イーストウッド]]主演・監督の「[[荒野のストレンジャー]]」(1973年)「[[アウトロー_(1976年の映画)|アウトロー]]」(1976年)「[[ペイルライダー]]」(1985年)「[[許されざる者 (1992年の映画)|許されざる者]]」(1992年)、[[ケビローレナーダン]]主演・監督の「[[シルバラード]]」(1985年)[[ケビン・コスナー]]主演で「[[ワイアット・アープ (1994年の映画)|ワイアット・アープ]]」(1994年)、[[ケビン・コスナー]]主演・監督の「[[ダンス・ウィズ・ウルブズ|ダンス・ウィズ・ウルブス]]」(1990年)「[[ワイアットルドアープレンジ (1994年最後映画)|ワイアット・アープ銃撃]]」(1994(2003)などの秀作が生まれている。しかしかつて活劇映画として人気のあった頃の西部劇の魅力はすでに失われている。
 
加藤幹郎は「[[クリント・イーストウッド]]の西部劇とともにジャンルの内部崩壊に突入した」と述べてイーストウッドの西部劇では無法者と保安官の立場が逆転して保安官の偽善と法と正義の脆弱さを描き、無法者が保安官を裁く逆転劇になったと指摘している<ref>「ユリイカ」2010年5月号 90~93P クリント・イーストウッド特集 青土社 2010年3月発行</ref>。ここでは暴力は西部における法と正義と道徳の未成熟を強調して、かつてこのような西部劇は存在したことがなく、それまでの西部劇とは全く正反対の顔をして、「西部劇が西部開拓事業を寿くことを完全に放棄した」ことはイーストウッドで初めて可能となり、それはジャンルの長い歴史の終焉期において初めて可能となったことであると結論付けている<ref>「ユリイカ」2010年5月号 94P クリント・イーストウッド特集 青土社 2010年3月発行</ref>。
1970年代以後になると、[[クリント・イーストウッド]]主演・監督の「アウトロー」(1976年)「[[ペイルライダー]]」(1985年)「[[許されざる者 (1992年の映画)|許されざる者]]」(1992年)、[[ケビン・コスナー]]主演・監督の「[[シルバラード]]」(1985年)「[[ダンス・ウィズ・ウルブズ|ダンス・ウィズ・ウルブス]]」(1990年)「[[ワイアット・アープ (1994年の映画)|ワイアット・アープ]]」(1994年)などの秀作が生まれている。しかしかつて活劇映画として人気のあった頃の西部劇の魅力はすでに失われている。
 
現在において西部劇は製作されているが数少なく、過去の作品と肩を並べるような傑作を世に送り出していない。物語りとしての図式が出来ず、西部劇としてのジャンルが確立されていないからである。その一方で、時代考証や衣装設定、ガン・アクションは過去の作品とは比較できないほどの正確さで表現されており、『トゥームストーン』のような娯楽性に富んだアクション映画も作られている。