「クモ膜下出血」の版間の差分

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'''クモ膜下出血'''(クモまくかしゅっけつ、蜘蛛膜下出血、{{lang|en|Subarachnoid hemorrhage}}; '''SAH''')は、[[脳]]を覆う3層の[[髄膜]]のうち2層目の[[クモ膜]]と3層目の[[軟膜]]の間の空間「[[クモ膜下腔]]」に出血が生じ、[[脳脊髄液]]中に[[血液]]が混入した状態をいう。[[脳血管障害]]の8%を占め[[突然死]]の6.6%がこれに該当するとわれる<ref>国により差があり、米国では4-5%とされる。 Gonsoulin M, Barnard JJ, Prahlow JA. "Death resulting from ruptured cerebral artery aneurysm: 219 cases." ''Am J Forensic Med Pathol.'' 2002 Mar;23(1):5-14. PMID 11953486
</ref>。50歳から60歳で好発し、男性より女性が2倍多いとされる<ref>[http://www.akita-noken.jp/pc/patient/disease/section3/id45.php 1.くも膜下出血(破裂脳動脈瘤:はれつのうどうみゃくりゅう) | 脳神経外科で扱う病気と治療について | 脳・神経の病気について | 患者のみなさまへ ] 秋田県立脳血管研究センター</ref>。
 
== 原因 ==
多くは[[脳動脈瘤]]の破裂(約80%)によるもので、その他に[[脳動静脈奇形]]、[[もやもや病]]、[[頭部外傷]]、[[脳腫瘍]]や脳動脈解離の破裂によるものなどがある<ref>Sarti C et al. "Epidemiology of subarachnoid hemorrhage in Finland from 1983 to 1985". ''Stroke.'' 1991 Jul;22(7):848-53. PMID 10797165 </ref><ref>Ingall T et al. "A multinational comparison of subarachnoid hemorrhage epidemiology in the WHO MONICA stroke study". ''Stroke.'' 2000 May;31(5):1054-61. PMID 10797165</ref>
 
=== 脳動脈瘤の破裂 ===
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{{main2|動脈瘤の原因|脳動脈瘤}}
 
脳動脈瘤を持つ人において、運動、怒責、興奮などによって[[脳]]への[[血圧]]が上昇すると動脈瘤の一部が破れて出血を起こす<ref>Anderson C et al. "Triggers of subarachnoid hemorrhage: role of physical exertion, smoking, and alcohol in the Australasian Cooperative Research on Subarachnoid Hemorrhage Study(ACROSS)". ''Stroke.'' 2003 Jul;34(7):1771-6. Epub 2003 May 29. PMID 12775890</ref>。出血自体はほんの数秒であるが血液は急速にクモ膜下腔全体に浸透し、[[頭蓋内圧]]亢進症状や[[髄膜刺激症状]]を起こす。<br/>
 
また、脳を栄養すべき血流が出血へと流れてしまうことにより、一過性の脳虚血を起こす。後述のHunt and Hess分類は、その虚血の重篤度を表すものであるとも考えられる。意識消失はごく短時間の大きな虚血によるものであり、心肺停止は数秒以上の全脳虚血によって[[迷走神経]]優位(迷走神経反射)による洞停止と推定されるからである。
 
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'''突然'''始まる、'''強い持続性'''の[[頭痛]]が主たる症状である。
 
[[嘔吐]]を伴うこともある。頭痛は「金属バット、ハンマーで殴られたような」などと表現される。少量の出血(マイナーリーク)の場合は頭痛はそれほど強くないことが多い。頭痛の発症は「突然」起こることが特徴である。この頭痛は数時間で消失することはなく、数日間持続する。その他の神経症状がいことも珍しくく、[[脳]]内[[血腫]]を伴わなければ[[片麻痺]]、[[失語]]などの脳局所症状はみられない。なお、出血が高度であれば[[意識障害]]をきたし頭痛を訴えることはできない。神経症状として[[髄膜刺激症状]]が認められることが多い。
*中枢症状
**激しい[[頭痛]]
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*** [[ケルニッヒ徴候]] (Kernig's sign)
*** [[ブルジンスキー徴候]]
** 頭部を振った際の頭痛増悪 (jolt accentuation of headache) : 子どもが「イヤイヤ」をするように、素早く頭部を左右に振り、頭痛が増悪するようであれば異常。2~32-3回/秒の早さで頭を水平方向に回してみて、頭痛が増悪すれば陽性とする<ref>細菌性髄膜炎の診療ガイドライン作成委員会編『細菌性髄膜炎の診療ガイドライン』、医学書院、2007年、p.6</ref>。
* 検査所見
**  多様な心電図変化が見られることが知られている<ref>「ハリソン内科学第3版 Part 9 循環器疾患 メディカル・サイエンス・インターナショナル 2009」</ref>
 
重症度の分類として「ハントとヘスの重症度分類 (Hunt and Hess scale '74) 」を用いる。グレード5では呼吸停止や心停止を来たすこともある。これは一過性の全脳虚血や頭蓋内圧の著明な亢進を示唆しており<ref>Zhao W, 氏家弘, Tamano Y, 秋元圭子, 堀智勝, 高倉公朋. "Sudden death in a rat subarachnoid hemorrhage model." ''Neurol Med Chir(Tokyo).'' 39:735-743,1999 PMID 10598439</ref><ref>http://cmp-manual.wbs.cz/skaly/subarachnoid_hemorrhage_grading_scales.pdf</ref>、この場合の予後は極めて悪い。
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== 診断 ==
[[画像:SAH.png|thumb|360px|ペンタゴン・レベルでのCT画像を模式化した絵。上が正常、下がクモ膜下出血の場合。中心付近にある周囲の脳組織よりも明るい影が血腫である]]
 
=== 頭部CTスキャン ===
頭部の[[コンピュータ断層撮影|CT]]においてクモ膜下腔に高吸収領域が見られる。特に内因性のものである場合はペンタゴン・レベルで中心付近に高吸収領域が見られるが、外傷性のものでも見られることがある。また頭痛が軽いなどのためにCTを行わず、初診時に風邪、高血圧、片頭痛として見逃される例が日本国内で5 - 8%程度あるとの調査もなされている(海外では12%などの結果が出ている)<ref>[[嘉山孝正]]([[山形大学]]教授、日本脳神経外科学会学術委員長)らの研究による(「『くも膜下出血』の診断漏れ5~8%―脳神経外科学会『医療の限界』」時事通信、[[2008年]][[7月1日]])</ref>。
 
最も有名なくも膜下出血のCT所見にペンタゴンといわれる[[鞍上槽]]への出血が知られているが、これは頭蓋内内頚動脈動脈瘤破裂の場合によく認められるもので、それ以外の動脈瘤破裂によるクモ膜下出血ではこのような画像にはならない。また破裂動脈瘤の30%ほどに脳内出血を合併するとわれている。[[脳動脈瘤]]の好発部位としては前交通動脈(Acom)、中大脳動脈の最初の分枝部、内頚動脈-後交通動脈(IC-PC)とされている。前交通動脈瘤では前頭葉下内側および[[透明中隔]]に、IC-PCでは側頭葉に、中大脳動脈瘤では外包および側頭葉、前大脳動脈遠位部動脈瘤では[[脳梁]]から[[帯状回]]に脳内血腫を形成する。高血圧性の脳内出血と明らかに分布が異なるほか、原則として近傍に[[クモ膜下出血]]を伴っている。亜急性細菌性心内膜炎や絨毛がんなどでは動脈瘤を合併しクモ膜下出血、脳内出血を合併することが知られている。以下に出血部位から責任動脈瘤を推定する方法をまとめる。
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!破裂部位!!出血の広がり
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脳血管撮影で脳動脈瘤や脳動静脈奇形を認める。
 
血管を撮影する方法としては、X線で平面上に透視しながらカテーテルで造影剤を流して撮影する'''頸動脈造影'''(Carotid angiography)・'''椎骨動脈造影'''(Vertebral angiography)が最も感度・特異度が高い。その他の利点として検査と同時に治療が行える(動脈瘤コイリング術・塞栓術、或いは合併症である血管攣縮に対して血管拡張薬の潅流など)などがあるが欠点としては[[侵襲]]度が大きくそれ自体が出血を惹起する恐れがあること、またコイリングや塞栓術による医原性の脳梗塞などが挙げられる。
 
それ以外の方法では、いずれも造影剤を用いた断層撮影で高解像度のCTにより撮影する立体血管撮影CT(3DCTA)とMR血管撮影(MRA)があるが、感度・特異度ともに血管造影には劣る。ただし血管造影は撮影終了までの時間が3DCTAやMRAと比較して長いため、緊急を要するクモ膜下出血では血管造影は行われないことも多い。
 
== 合併症 ==
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=== 脳血管攣縮 ===
血腫の影響で脳の動脈が縮むことを'''脳血管攣縮'''といい、発症後4日から14日の間に発現する。脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の3-4割で起こり、出血を起こした血管以外の血管も攣縮することから虚血となり、梗塞に発展することもある。
 
* 脳動脈瘤は[[ウィリス動脈輪]]の近傍に形成されることが多い。
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脳血管攣縮の機序(メカニズム)は次の通りである。
* まず、血管周囲の血腫に含まれるヘモグロビンは3-4日の間に変質してヘモジデリンやヘミンとなる。
* これらが周囲の血管壁が分泌する[[一酸化窒素]](NO)を分解する。
* 動脈は常に血管を拡張させる物質(NO)と収縮させる物質([[エンドセリン]])を分泌しており、その量の調節によって血流を自立的にコントロールしている。しかしNOが分解されてしまうことにより、血管収縮物質のみが残ってしまう。
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一般に、脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血が起った場合の治療は重症度によって異なる。重症度の分類としてはHuntとKonsnikの重症度分類が有名である。
 
* 脳動脈瘤破裂の場合は発症直後(特に24時間以内)に再出血が多く、安静を保ち、侵襲的処置や検査を避ける。重症でなければ、Grade1-3ならば降圧、鎮静、鎮痛を十分に行い、年齢、全身合併症にて不可能でない限り72時間以内に外科的手術を行う(全身状態が安定すれば早い方がよい)。痙攣対策として早期から抗痙攣薬を投与することもある。動脈瘤破裂の場合はクモ膜下出血の合併症である再出血(-day14)、遅発性脳血管攣縮(day4-14)、正常圧水頭症(数月後)といった合併症の管理も必要となる。
* 開頭手術の場合は遅発性脳血管攣縮予防のため脳槽ドレナージにて脳槽内血腫を早期除去や、塩酸ファスジルや[[カルシウム拮抗薬]](nimodipine)の全身投与を行う(他にもtriple H療法、塩酸パパベリン選択動注療法、PTAなど各種治療がある)。
* 比較的重症例Grade4ならば脳循環動態の改善が重要であり、頭蓋内圧降下の薬投与、心合併症に注意した全身循環動態の管理が必要である。急性水頭症、脳内出血などを同時に治療することによって状態の改善が見込める場合には積極的に外科的な治療を行う。
* 最重症例Grade5では原則として再出血予防の適応は乏しい。しかし比較的重症例と同様に症状の改善が見込める特殊な例には再出血予防手術を行う。数月後におこる正常圧水頭症(NPH)はVPシャントで治療可能であるため重要である。
 
=== 感覚遮断 ===
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== 予後 ==
最初の出血で3分の1が[[死亡]]する。さらに血管攣縮や再出血の影響が加わり、4週間以内では約半数が、10年以内では60 - 80%が死亡するとわれている。また救命できても後遺症が残る例が多く、完全に治癒する確率はクモ膜下出血を起こした人の中で2割と低い。
 
発症後の[[予後]]に関連するものとして、世界脳神経外科連盟([[WFNS]])は[[意識|意識レベル]]の程度による重症度分類を提唱している。これは[[Glasgow Coma Scale]]および局所神経症状([[失語症]]や[[麻痺]]など)によって5段階に分類する方法である。この分類においてgrade IIIとgrade IVの間には予後に大きな差があるとされ、特にgrade Vは致死率がほぼ100%であるとまでわれている。そのため、grade IV以上の場合は無意味であるとして治療しない病院も多い。
{| class="wikitable" style="text-align:center"
!重症度!!GCSスコア!!主要な局所神経症状
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* [http://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0002/G0000221 クモ膜下出血のガイドライン] 厚生科学研究班編([http://minds.jcqhc.or.jp/ Minds 医療情報サービス])
* 神経内科ハンドブック ISBN 9784260102643
 
== クモ膜下出血で亡くなった著名な人物 ==
* [[天知茂]]