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== 歴史 ==
19世紀までは、古代の人々はナツメグの存在を知らなかった、という説が一般的だったが、20世紀に[[古代エジプト]]の[[副葬品]]の中にニクズクのかけらが発見された。しかし、他の文明でもこれといった痕跡はなく、一般に利用されてはいなかったと見られている。[[6世紀]]にアラビア人によって[[コンスタンティノープル]]に「インドのくるみ」(nux indica)という産物が伝来していた記録があり、それがナツメグを指すという説もあるが、[[ビンロウジ]]や[[ココヤシ]]の実の可能性もあり確定はできていない{{sfn|ギュイヨ |1987|pp=92-96}}
[[6世紀]]にアラビア人によって[[コンスタンティノープル]]に「インドのくるみ」(nux indica)という産物が伝来していた記録があり、それがナツメグを指すという説もあるが、[[ビンロウジ]]や[[ココヤシ]]の実の可能性もあり確定はできていない{{sfn|ギュイヨ |1987|pp=92-96}}。
 
ナツメグが記録に現れ始めるのは10世紀頃の事で、地理学者[[マスウーディー]]によってマレー諸島東部の産品として報告され、11世紀初め頃にはペルシアの知識人[[イブン・スィーナー]]によって医学的な考察がなされている。ヨーロッパで記録に現れ始めるのは12世紀末頃からだが、当時はナツメグよりメースの需要の方が高く、イギリスではメース約500グラムに羊3頭分の価値があった。