「NO LIMIT (プロレス)」の版間の差分

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== 経歴 ==
=== 結成 ===
2008年2月17日、[[両国国技館]]において[[稔]]&[[プリンス・デヴィット]]組を破り新IWGPジュニアタッグ王者となった[[獣神サンダー・ライガー]]&[[AKIRA (プロレスラー)|AKIRA]]組に若手レスラーである裕次郎(現:高橋裕二郎)と内藤哲也が挑戦を表明した。その後バックステージで裕次郎が自分たち2人を限界知らずのタッグチーム「NO LIMIT」と命名した。2人はコスチュームを同じ形の色違いのものに新調し(裕次郎高橋がオレンジ、内藤が赤)、4月13日の[[後楽園ホール]]大会でライガー組に挑戦するも敗北。5月には[[Zepp]]ツアーにてNO LIMIT 5番勝負が組まれたが、全敗に終わった
 
それからしばらく目立った行動は起こしていなかったが9月6日の[[プロレスリング・ノア]]の[[日本武道館]]大会の客席に姿を現し[[GHCジュニアヘビー級タッグ王座|GHCジュニアヘビー級タッグ王者]]ながら[[日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦|タッグリーグ戦]]を優勝できなかった[[金丸義信]]&[[鈴木鼓太郎]]組を挑発。9月27日のノア[[大阪府立体育会館]]大会で金丸組の保持するGHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦するも敗北。しかし10月13日、王座に返り咲いた稔&デヴィット組を破りIWGPジュニアタッグ王者となった。12月7日にはセコンドに[[星野勘太郎]]をつけジュニアタッグの第一人者である[[邪道 (プロレスラー)|邪道]]&[[外道 (プロレスラー)|外道]]組の挑戦を退け初防衛に成功した。試合後星野から「この若いモン2人は敵無しだ」「何回防衛するか、これから楽しみだな」と称賛の言葉を受け
 
2009年1月4日の[[レッスルキングダム (プロレス興行)#レッスルキングダムIII IN 東京ドーム|''レッスルキングダムIII'']]では[[TNA]]の[[モーターシティ・マシンガンズ]]([[アレックス・シェリー]]&[[クリス・セイビン]])の挑戦を受けるもこれに敗れベルトを海外に流出させてしまう。2月15日に同王座挑戦者決定戦の4WAYタッグマッチに勝利し海外へと渡米した。
 
=== 海外での活躍 ===
ベルトを取り戻すためにTNAに乗り込みリターンマッチを行うもまたしても敗れ。その後は帰国せずにそのまま海外に留まりTNAからメキシコ[[CMLL]]に転戦する。
 
CMLLでは[[ネグロ・カサス]]や現地の日本人レスラー[[奥村茂雄|OKUMURA]]とトリオを結成するなど、[[ヒール (プロレス)|ルード]]として活躍。7月31日に[[アレナ・メヒコ]]で開催されたビッグショー「''インフェルノ・エン・エル・リング''」での15人参加の金網[[コントラ・マッチ|カベジェラ戦]]にもNO LIMITの両者とも出場。内藤が最後の2人になるまで残るも、最終的にはもう1人残った[[トスカーノ]]を[[ドラゴン・スープレックス]]でフォールし裕次郎高橋ともども髪の毛を守った。また、日本人男子レスラーがカベジェラ戦で勝利するのは1979年の[[佐山聡|サトル・サヤマ]]以来30年ぶりの快挙だった。
 
10月以降は[[エル・テリブレ|テリブレ]]&[[テハノ・ジュニア]]のタッグチーム『イホ・デ・アベルノ』と抗争を展開し、CMLL年間最後のビッグショー「''シン・サリーダ''」でタッグマッチでカベジェラ戦を行うも最後は内藤がテリブレの急所攻撃からの[[ボディ・プレス#ダイビング・ボディ・プレス|ダイビング・ボディ・プレス]]に敗れNO LIMITが丸坊主となった。この一戦を最後にCMLLから離脱した。
 
=== 凱旋帰国 ===
凱旋帰国後初戦の2010年1月4日の[[レッスルキングダム (プロレス興行)#レッスルキングダムIV IN 東京ドーム|''レッスルキングダムIV'']]で[[ダッドリー・ボーイズ|TEAM 3D]]の保持する[[IWGPタッグ王座]]に[[マシュー・ブルーム|ジャイアント・バーナード]]&[[カール・アンダーソン (プロレスラー)|カール・アンダーソン]]組と共に3WAYマッチで挑戦3WAYのルールを生かし合体技リミットレス・エクスプロージョンでアンダーソンから裕次郎高橋がフォールを奪いIWGPタッグ王者に君臨した
 
2月14日には前年の12月に敗れたテリブレ&テハノJr.組を挑戦者に逆指名し初防衛戦を行う。前回のお返しとばかりに裕次郎高橋の急所攻撃からのリミットレス・エボリューションでテハノJr.を下し初防衛戦に成功した。帰国してからもベルト攻撃などメキシコと同じようなヒール色の強いファイトスタイルで試合をしているために[[ブーイング]]が起きることもしばしばあったが、4月4日の後楽園ホール大会にて[[棚橋弘至]]と組んでの[[CHAOS (プロレス)|CHAOS]]との6人タッグマッチで試合後棚橋を襲撃しCHAOSと結託、ヒール転向を果たした。
 
5月3日、NO LIMIT・[[青義軍]]([[永田裕志]]・[[井上亘]])・[[BAD INTENTIONS]]([[マシュー・ブルーム|ジャイアント・バーナード]]・[[カール・アンダーソン (プロレスラー)|カール・アンダーソン]])の3WAYタッグでIWGPタッグ選手権を行い、井上がアンダーソンにフォール勝ちした事で王座から陥落した。
 
6月19日、5月のIWGPタッグ戦の内容に「(王座の)俺たちが負けてないのにおかしいだろ!?」と文句を付けて再戦を直訴した為、イリミネーションルールで再戦した。しかし、青義軍とBAD INTENTIONSに一方的に攻撃された事で脱落した。直後に一方的な攻撃を受けた事に不満を抱き、巴戦での再戦を直訴することになる。
 
7月19日、巴戦ルールで3度目の対戦。BAD INTENTIONSが青義軍とNO LIMITに勝利した為、ベルト奪取に失敗した。
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=== 決裂 ===
3月、内藤がシングルで目覚ましい成長をし始めた事に高橋が不満を抱き、2人の間に亀裂が発生するしていった
 
4月20日、大阪尼崎大会での試合で不協和音はあるものの関係が修復する。
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5月3日、博多大会「レスリングどんたく」でIWGPタッグベルトを賭けてバッドインテンションズ([[マシュー・ブルーム|ジャイアント・バーナード]]・[[カール・アンダーソン (プロレスラー)|カール・アンダーソン]])と対戦するも、不協和音が未だに修復できていなかった為に誤爆が多発、内藤がバーナードにフォール負けを喫してしまった。試合終了直後、高橋は内藤に近づくなり「内藤!お前何やってんだよ!?」と叱責した後、内藤を置き去りにして退場、2人の関係が絶望的になる。
 
5月26日、[[田中将斗]]を加えての3人タッグマッチを行うも、高橋が[[コンプリート・プレイヤーズ]](田中将斗・[[邪道 (プロレスラー)|邪道]]・[[外道 (プロレスラー)|外道]])と結託して高橋の東京ピンプスと4人による袋叩きで内藤を攻撃した後に高橋が「内藤ちゃーん! お前よ、もういらねぇんだよ!NO LIMITはもう終わりだ!」と内藤のCHAOS追放と同時に決別を宣言、コンビは終息する事となった。
 
6月18日、大阪府立体育会館で内藤と高橋がシングルで対戦し、高橋が東京ピンプスで内藤から勝利を収めた。
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* [[IWGPタッグ王座]](第55代)
* [[IWGPジュニアタッグ王座]](第22代)
: 同じチームでヘビー、ジュニアのIWGPタッグの2冠を獲得したのは史上初である
 
== 合体技 ==