「土曜日の夜の虐殺」の版間の差分

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澤文雄 (会話 | 投稿記録)
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== 概要 ==
ウォーターゲート事件を調査するためにニクソン大統領が設置して、1973年6月17日にリチャードソン司法長官が任命したコックス特別検察官は、7月16日に上院特別調査委員会で大統領執務室の中で行われた会話を極秘に録音したテープの存在が明らかになったことで、7月18日に事件の証拠として大統領執務室の中で行われた会話の録音テープ8本の提出を求めた。
 
しかし[[ホワイトハウス]]はテープの提出を拒否したため、特別検察官は7月23日に連邦地裁に持ち込み、8月29日にワシントン連邦地裁のシリカ判事は特別検察官の訴えを認めて大統領にテープの提出を命じ、ニクソンは大統領特権を盾にこれを拒絶した。その後10月12日に連邦高裁での控訴審でもシリカ判事の決定を支持した。こため連邦最高裁に上告する選択肢もあったが、あえて上告せずに10月19日に録音テープについてニクソンが個人的に尊敬する議員の1人であり、野党・[[民主党 (アメリカ)|民主党]]の重鎮でもある[[ジョン・C・ステニス]][[アメリカ合衆国上院|上院]]議員が聞き取りをしてその調査報告を行い、その上で特別検察官事務所に提出する代わりにとして、提出命令を取り消すようコックスに要請した。これを([[ステニス妥協案]])という。しかし同日夜、コックスは書き起こしの調査報告ではテープの内容全体を示すことにならないとしてこの妥協案を拒否した。
 
翌日の10月20日(土)の記者会見でコックスはあくまで録音テープの提出を求めることを明らかにして、妥協案を拒否されたニクソンは、この日連邦政府機関が休みであったにも関わらず、密かにコックス解任のために行動を起こした。
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その後ニクソンは[[連邦捜査局|FBI]]を動員し、特別検察官、司法長官、司法副長官の執務室を封鎖させ(事件の書類も差し押さえられた)、特別連邦検察局を廃止し、事件の調査に関する全ての権限を司法省に移すと発表した。その様子はテレビで放送され、国民に「警察国家の再来」「犯罪容疑者が権力で事件をもみ消している」と受け取られたため、抗議の電報・電話がホワイトハウスに数万通押し寄せた(各議員の事務所にも殺到した)。この間には、ニクソンとコックスの間に立ったステニスが[[ワシントンD.C.]]の自宅で銃撃され、重傷を負うという事件も起きた。
[[アメリカ合衆国議会|連邦議会]]もニクソンの行為を大統領の権力の濫用と非難し、ニクソンに対する多数の[[弾劾]]法案が議会に提出される事態に至る。
 
この出来事でニクソンは国民とマスメディアから激しい非難を浴び、[[アメリカ合衆国議会|連邦議会]]もニクソンの行為を大統領の権力の濫用と非難し、ニクソンに対する多数の[[弾劾]]法案が議会に提出される事態に至る。
ニクソンは、1973年11月17日の記者会見で自身の行為を次のように弁明している。
 
この結果、ニクソンは、1973年10月23日にシリカ判事の提出命令に従うことを言明せざるを得ない状況に追い込まれる。そして11月17日の記者会見で自身の行為を次のように弁明している。
 
{{Cquote|私は公職に就いている間、司法妨害を行ったことなど一度もありません。また、私は公職にある身としてこの種の調査を歓迎します。なぜならアメリカ国民は自分達の大統領がペテン師であるのかどうかを知るべきであるからです。そして、'''私はペテン師ではありません!'''''(I am not a crook.)''}}
 
==事件の影響==
この「土曜日の夜の虐殺」が起こした波紋は大きく、行政の最高責任者が司法と立法を蔑ろにして、法律的にも道徳的にも大統領は威信を失った。また多くの国民は事態の成り行きから判断して録音テープの中にはニクソンにとって都合の悪い会話が相当あり、ウォーターゲート事件に深く関わっている事実を示すものがあるに違いないという確信を持つことになった。

丁度この時に[[スピロ・アグニュー|アグニュー]][[アメリカ合衆国副大統領|副大統領]]が州知事時代の収賄容疑で副大統領を辞任して、10月12日に当時下院院内総務であった[[ジェラルド・R・フォード]]がニクソンから副大統領の指名を受けたところであった。この後に議会の承認を得て後任として正式に副大統領に就任してから、ニクソン大統領の弾劾の動きが加速していった。
 
また「土曜日の夜の虐殺」がきっかけとなり、1978年には{{仮リンク|特別検察官|en|United States Office of the Independent Counsel}}設置法([[ワシントンD.C.]]巡回区[[連邦巡回区控訴裁判所|連邦控訴裁判所]]が任命する独立機関の設置を定める法)が可決・制定された。