「暗峠」の版間の差分

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(出典追加。写真中の勾配を最大37%→31%に訂正)
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== 概要 ==
[[暗越奈良街道]]の[[生駒山地]]における難所で、つづら折りの少ない直線的な急勾配が続く。特に大阪府側は、麓から峠まで約2.5kmにわたる勾配である。峠道の沿道や道端に、古寺や地蔵、石仏も多くあり、ハイキングコースとしても有名である{{sfn|「日本の道100選」研究会|2002|pp=144-145}}
 
峠の頂上には小さな集落があり、茶店もあり、この付近の路面は江戸時代に[[郡山藩]]により敷設された石畳となっている。この50mほどあるコンクリート舗装の石畳は、暗峠が急坂であることから、[[参勤交代]]で殿様が乗った籠が滑らないようにするために敷かれたものである{{sfn|「日本の道100選」研究会|2002|pp=144-145}}。
峠の頂上には小さな集落があり、茶店もある。また、この付近の路面は江戸時代に[[郡山藩]]により敷設された石畳となっている。国道とはいえ自動車で通行するのは困難なほど道幅は狭く、頂上付近では民家の軒先をかすめながら通行する箇所も存在する。大阪側ではきつい所で最大傾斜勾配31%<ref name="nikkei140215">{{Cite web |date=2014-02-15 |url=http://www.nikkei.com/article/DGXNASFB3009F_S4A210C1000000/ |title=ベタ踏み坂より急 酷道308号、東大阪・暗峠をゆく |publisher=日本経済新聞 電子版 |accessdate=2015-07-17}}</ref>の急勾配がS字カーブになっており、慣れない者が走行すると登りきることができず立ち往生するほどともいわれる<ref name="佐藤2014"/>。ヤマハ電動アシスト自転車PAS激坂チャレンジNo.1のイントロでのきつい所の傾斜計での簡易測定では、傾斜角度26度 (勾配48.7%) であった。
 
「暗がり」の名称の起源は、樹木が鬱蒼と覆い繁り、昼間も暗い山越えの道であったことに由来している。 また、「鞍借り」、「鞍換へ」あるいは「椋ケ嶺峠」といったものが訛って「暗がり」となったとする異説もある。上方落語の枕では、「あまりに険しいので馬の鞍がひっくり返ることから、鞍返り峠と言われるようになった」と語られている。
 
暗峠を通る暗越奈良街道は「[[日本の道100選]]」に選定されており、峠頂部の石畳の道端には、日本の道100選の顕彰碑が置かれている{{sfn|「日本の道100選」研究会|2002|pp=144-145}}。
江戸時代に刊行された『[[河内名所図会]]』には、「世に暗峠という者非ならん……(中略)……生駒の山脈続て小椋山という。故尓椋ケ根の名あり、一説尓は此山乃松杉大ひ尓繁茂し、暗かりぬればかく名付くともいう。」と記されている。
[[今西祐行]]作の絵本『とうげのおおかみ』の舞台。
 
== 歴史 ==
江戸時代に暗峠の村に大和郡山藩の本陣が置かれ、参勤交代路になっていた{{sfn|「日本の道100選」研究会|2002|pp=144-145}}。同時代に刊行された『[[河内名所図会]]』には、「世に暗峠という者非ならん……(中略)……生駒の山脈続て小椋山という。故尓椋ケ根の名あり、一説尓は此山乃松杉大ひ尓繁茂し、暗かりぬればかく名付くともいう。」と記されている。また、「大阪より大和及び伊勢参宮道となり、峠村には茶屋旅舎多し」とも記されており、江戸時代後期は庶民の伊勢参宮道となり、旅籠や茶屋が立ち並び賑わっていた{{sfn|「日本の道100選」研究会|2002|pp=144-145}}
 
[[井原西鶴]]の『[[世間胸算用]]』にはこの峠の近くで追い剥ぎが出たという記述がある。
 
[[1694年]][[10月27日]]([[元禄]]7年[[9月9日 (旧暦)|9月9日]])、[[松尾芭蕉]]が奈良から大坂へ向かう途中この峠を通った。このとき「菊の香に くらがり越ゆる 節句かな」という[[重陽]]の節句にちなんだ句が詠まれたといわれる{{sfn|「日本の道100選」研究会|2002|pp=144-145}}
 
[[1970年]]([[昭和]]45年)、暗峠を通る[[暗越奈良街道]]が[[国道308号]]に指定された
 
== 峠周辺の道路状況 ==
[[今西祐行]]作の絵本『とうげのおおかみ』の舞台。
越え頂上に峠道小さな集落があり、茶店もある。また、この付近の路面は江戸時代に国道([[郡山藩国道308号]]より敷設指定された石畳となっている。国道とはいえ自動車で通行するのは困難なほど道幅は狭く、頂上付近では民家の軒先をかすめながら通行する箇所も存在する。大阪側ではきつい所で最大傾斜勾配31%<ref name="nikkei140215">{{Cite web |date=2014-02-15 |url=http://www.nikkei.com/article/DGXNASFB3009F_S4A210C1000000/ |title=ベタ踏み坂より急 酷道308号、東大阪・暗峠をゆく |publisher=日本経済新聞 電子版 |accessdate=2015-07-17}}</ref>の急勾配がS字カーブになっており、慣れない者が走行すると登りきることができず立ち往生するほどともいわれる<ref name="{{sfn|佐藤健太郎|2014"/>|p=150|ps=、「最も急な坂」より。}}。ヤマハ電動アシスト自転車PAS激坂チャレンジNo.1のイントロでのきつい所の傾斜計での簡易測定では、傾斜角度26度 (勾配48.7%) であった。
 
冒頭の写真のとおり峠のすぐ東側を信貴生駒スカイラインが通っているが、付近に出入口が無いため直接暗峠にアクセスすることはできない。
このため、大阪側からアクセスする際は車で[[国道308号]]を利用するか、[[枚岡駅]]から歩いて登るしかないが、生駒側からは平日のみ生駒市コミュニティバス「たけまる号」の西畑線が[[南生駒駅]]から終点の「暗峠」停留所まで運行<ref>{{PDFlink|[http://www.city.ikoma.lg.jp/cmsfiles/contents/0000001/1201/1107.pdf 生駒コミュニティバス路線図【西畑線・有里線】]}}、[[生駒市]]、2016年4月9日閲覧。</ref>しており、それを使うと歩いて登ることなく生駒側の峠直前まで容易にアクセスできる。
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{reflist}}
 
|refs=
== 参考文献 ==
<ref* name="佐藤2014">{{Cite book|和書|author=佐藤健太郎|authorlink=佐藤健太郎 (フリーライター)|date=2014-10-20|title=ふしぎな国道|publisher=[[講談社]]|series=講談社現代新書|page=150|isbn=978-4-06-288282-8|ref=harv}}「最も急な坂」より。</ref>
}}
*{{cite book|和書|author=「日本の道100選」研究会|title=日本の道100選〈新版〉|publisher=[[ぎょうせい]]|editor=国土交通省道路局(監修)|date=2002-06-20|isbn=4-324-06810-0|ref=harv}}
 
== 関連項目 ==
*[[国道308号]]
*[[酷道]]
*[[阪奈道路]]
*[[信貴生駒スカイライン]]
*[[第二阪奈有料道路]]
 
{{国道308号}}