「国粋主義」の版間の差分

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欧化政策の代表例として、西欧貴族文化を日本文化として取り入れようとした鹿鳴館時代がある。当時は、[[西洋中心主義]]の風潮から「[[日本語]]を捨てて[[英語]]化すべし」とか、[[白人至上主義]]の影響から「西洋人との[[混血]]を進め人種の改良をすべし」などという愚かしい極端な主張もあった。明治期に起こった国粋主義はこのような風潮に反発して日本の文化を西欧文化と等しく比べられるものとして捉えようと試みた。従って、その主導者たちは西欧文化への理解も持ち合わせていて排外的な[[自文化至上主義]]を唱えたわけではなくて寧ろ民族的矜恃と共感とを以て語っていたと言える。
 
国粋主義の原義においては、[[全体主義]]・[[ファシズム]]など、いわば国体論とは路線が異なる。しかし、[[日露戦争]]の後の欧米列強による日本への圧力の高まりにより、自文化至上主義が形成されるようになった。また、[[共産主義]]運動の発生伴い、抗う形でその色は強まった。
 
== 脚注 ==