「ハヤブサ (プロレスラー)」の版間の差分

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1995年5月5日、[[FMW川崎球場大会]]において大仁田の引退試合の相手を務め、電流爆破マッチに初挑戦。その後は「新生FMW」のエースとして団体を引っ張る立場となった。同年6月、[[大矢剛功]]とのタイトルマッチに勝利し、大仁田由来のベルト・世界ブラスナックル王座を奪取するも、すぐに返上。FMWのトップ選手を集めたリーグ戦「グランドスラム」では、決勝戦に進出するも、[[マイク・アルフォンソ|ザ・グラジエーター]]に敗れ、準優勝となった。
 
1996年には肘がパンクしてしまい、手術のため長期離脱となるが選手不足のため短期間で強行復帰せざるを得なかった。、5月の川崎球場には[[田中将斗|田中正人]]と組んでメインイベントに登場したが[[テリー・ファンク]]&[[ミスター・ポーゴ]]組に敗れる。その後は、傷心のため失踪という[[アングル (プロレス)|アングル]]を取って、8月末までリハビリのために欠場。10月、[[みちのくプロレス]]の両国大会に参戦し、[[新崎人生]]に敗れた。12月の駒沢大会ではみちのくプロレスの[[ザ・グレート・サスケ]]と対戦し勝利した。しかしこの大会で大仁田が現役復帰したが、FMWはエンタメ重視の路線を取る[[荒井昌一]]社長とデスマッチ路線を志向する大仁田の方向性で割れることとなった。
 
=== 全日本プロレス参戦 ===