「芸術家の生活」の版間の差分

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== 概要 ==
ウィーンの新聞人協会「コンコルディア」の舞踏会で自身の作品がいくつか演奏されたことに気を良くしたヨハン2世が、わずか数日で書き上げたワルツだとされる。『[[美しき青きドナウ]]』初演の3日後にあたる1867年2月18日に初演され、ウィーン芸術家協会「ヘペルス(Hesperus…「宵の明星」の意)」に献呈された。初演時の評判は散々なもので、ヨハン2世は弟の[[ヨーゼフ・シュトラウス|ヨーゼフ]]に、「たしかに[[コーダ (音楽)|コーダ]]は失敗だったと思うが、こんなワルツは悪魔にでも食われてしまえ!……しかし、なんとか成功させたかったものだ……」と漏らしたという。現在では一転して人気のワルツとなっている。
 
本作品は、かつて『'''芸術家の生涯'''』と日本語表記されていたが、「ヘペルス」会員だったシュトラウス3兄弟(ヨハン本人とヨーゼフ、そして[[エドゥアルト・シュトラウス1世|エドゥアルト]]の3人)がいずれも本作品作曲時点で健在であったこと、そして本作品が前記のとおり「ヘペルス」に献呈されていることから、[[日本ヨハン・シュトラウス協会]]は本作品の日本語表記を『芸術家の生活』に改めた。
 
== 特色 ==